WHO_headquarters,_Geneva
    スイス・ジュネーブにあるWHO本部

 フランスのマクロン大統領は緊急のテレビ演説を行い「われわれは、科学に対する信頼性をもとに適切な措置をとる」と国民の前で語りました。それもフランスには世界に誇る細菌学やワクチン開発で知られるパスツール研究所があり、優秀な専門家を配しているので安心だといわんばかりでした。

 確かにユネスコの記憶遺産に登録され、世界中の感染病学者と連携するパスツール研究所の存在は大きいといえるでしょう。それに私自身、科学を軽視するつもりはまったくありません。

 しかし、現実にはフランスの新型コロナウイルスの感染者は15日時点で5,000人を超え、死者127人に達した。急増し、14日にはフィリップ仏首相が薬局と生活必需品を扱う店舗を除く、レストランや店舗、劇場などで全て休業する措置を期限を定めず発令しました。

 中国を除き、世界最多の感染者を出しているイタリアでは、コンテ首相が今月9日に中国でも実施されなかった国全土の封鎖に踏み切ったにも関わらず、5日には感染者が24,747人、死者数1,809人と増加し続けています。専門家の間では死者数が多いのは医療体制の崩壊で治療が追いついていないことが指摘されています。

 事実はイタリアは緊縮財政で医療費が極端に削減され、国民1,000人辺りの医者と病少数がドイツやフランスの半分しかありません。その意味では実は英国も病床数が少なく、感染拡大すれば医療崩壊の可能性は否定できません。

 イタリアに次いで感染者が多いスペインでは、新規感染者が13日から14日の間に1,500人超増加し、感染者数は計8,000人に達し、サンチェス首相は非常事態宣言を発令し、全土で人の移動を制限し、仕事や病院の受診、食料品の買い出し以外の外出を禁止する措置に踏み切りました。

 一方、15日に感染者数が6,000人に近づいたドイツでは死者は13人と少ないのですが、同国のメルケル首相は「このまま放置すれば国民の60から70%に感染拡大する可能性がある」と発言し、政界から不安を煽ると非難を浴びました。そのドイツも16日より、ほとんどの連邦州が学校と保育所を閉鎖することを決定しました。

 英国では15日時点で、感染者数は1,391人、死者は35人と多少少ないのですが、英政府は今月2日、感染拡大を阻止する厳格で厳しい対策計画を発表しており「科学的根拠に基づき、政府があらゆる合理的な措置を講じ、変化する状況に迅速に対応できるようにする」として、政府に意思決定権限を与える新法の成立を急ぎ、警察で補えない活動を軍に委託する措置を表明しています。

 その他、デンマーク、オランダ、チェコ、オーストリアなどで次々と外国人の入国制限などの措置が取られていますが、とにかく、欧州連合(EU)にはアイルランドを除く26カ国が参加している「人と物の移動の自由」を保障するシェンゲン協定があり、国境検問が廃止されているため、自国を守るのは不可能に近い状況です。

 まるでシリアやイラクの戦場から帰国するヨーロッパ国籍のテロリストがEU域内を自由に行き来し、脅威を与えた時を思い出させる状況です。

 EU諸国の首脳が14日に次々に対策を発表した背景には、前日に世界保健機関(WHO)テドロス事務局長が「欧州が今や、パンデミックの震源地となった」と述べたことが明らかに影響しています。同事務局長は「中国で感染拡大のペースが最悪だった時期以上に、今の欧州は1日ごとに感染者が増加している」と危機感を表明した。

 私は個人的には、中国が初動を誤ったことが原因であり、パンデミックに繋がったのは、自国エチオピアで多額の公共投資を行う中国にテドロス氏が異常なまで忖度し、結果、WHOはパンデミック宣言を中国での感染が終息に向かった時点まで行わなかったことにあると推測しています。

 テドロスが今になって欧州に震源地が移ったとか、途上国への拡大を懸念するといっている背景に、非常に政治的影が見え隠れしています。中国は初動の遅れの批判をかわす意味もあり、自分たちが克服したので、その勝利を世界は相続すべきと主張し、すでにイタリアに中国の医療チームを送り込んでいます。

 社会主義の一党独裁体制がいかにリスクに強いかを示す千載一隅のチャンスというわけですが、国内からは初動の遅れによる犠牲者拡大の責任を棚に上げる習近平ら政府首脳部の姿勢に批判の声があがっています。

 WHOに中国が手が伸びている現実は、ヨーロッパでは知られていません。そこは世界有数の医療専門家の集まりという認識しかありません。それに私の経験では欧米人は日本人以上に科学を信奉しています。アメリカでトランプ大統領が国民に祈りを捧げるよう呼び掛けたことにも否定的で、宗教を持ち出すのは愚かといっています。

 しかし、もっと早く濃厚接触を禁止し、シェンゲン域内の国境封鎖ではなく、EU域外からの入国制限を迅速に行い、人の多く集る場所を閉鎖していれば、ここまで急速に死者を増さなかった可能性は十分考えられます。初動の遅れたは、WHOのパンデミック宣言の遅れにあると私は見ています。

 実はグローバル・リスクマネジメントの重要項目の中に、リスクを察知する感性を日々、磨いておくというのがあります。そういうと今回の様な危機は際しては法的根拠がないと政府が権力行使できないとい意見もあるでしょう。しかし、政府が有事と判断すれば、大統領や首相の決断で大胆な措置をとるのは可能です。

 日本と違い、海外の軍事紛争に関与してきたヨーロッパ諸国は、国防への意識は非常に高く、有事への備えははるかに整備されています。フランスの医療体制を根底から危機対応に変更するホワイトプランも健康危機を有事と同じレベルで考えているからです。

 結局、WHOの公式見解を対策行使の理由にすれば、野党も国民も黙るという役人的発想が見え隠れします。そのWHOに政治の陰があれば、国家は危機に晒されます。EUは中国と違い、各国の主権が存在すると同時に統合・拡大を進めた結果、連合の政策と主権の葛藤があります。民主主義の弱点でもあり、実際、イラク戦争ではEUの統一した行動は取れませんでした。

 意思決定が煩雑だということでいえば、一党独裁の社会主義体制の方が有利に見えますが、言論の自由は封殺され、人権も踏みにじられる可能性があります。それに中央政府が判断を間違えれば国家が危機に晒されるリスクもあります。

 一見、有事に強そうな社会主義体制ですが、東西冷戦の勝者は自由主義陣営でした。問題は国連を含め、国際機関が政治に左右される現実が実際にあり、世界を危険に晒していることです。ユネスコで南京虐殺が歴史来記憶遺産になったのも同じことです。

 それに日本人には知られていませんが、重篤化した患者の治療体制でいえば、ヨーロッパは遅れています。簡単に高度な治療を受けることは日常でもありません。それが死者数を増やしている原因の一つとも考えられます。

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