安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが体験を踏まえ現在の世界を読み解きグローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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 サルコジ仏大統領が昨日夜、経済危機対策を発表し、大型公共投資や直接投資で企業救済を優先させる考えを明らかにしました。また、悪名高い職業税を来年までに全廃すると同時に、独り暮らしの高齢者や母子単身家庭への支援を強化することも付け加えました。

 世界的な大失業時代が訪れている今年、日本ではセーフティ・ネットの話が、やたらと議論されている様です。確かに欧州先進国のセーフティ・ネットの質は日本とは比べ物になりません。失業してもヴァカンスを楽しむような国ですから、失業イコール路頭に迷う心配はありません。

 ただ、フランスやドイツなど高負担・高福祉を半世紀にもわたって続けてきた国々は、逆に経済成長なしに高福祉を維持できないことを身にしみて経験しています。サルコジ氏が大統領に選ばれたのも、弱者救済にシフトしすぎた社会から、能力ややる気のある人間が牽引役となれる社会をめざしていたからです。

 とはいえ、アメリカのように一部のエリートが数百億円の退職金やボーナスを得るアンバランスな社会を作ろうなどとフランス人は考えていません。ただ、あまりの税率の高さから、多くのフランス人実業家が国を出てしまっている実情や、社会の閉塞感を打破することに国民のコンセンサスがあったからです。

 重要なことは、病める経済状況の中で、その治療をどう効果的にするかですが、結局、最初に何が健全な状態なのかをはっきりさせることが重要です。それは、たとえば、アメリカのように自由な経済活動が保証され、金持ちが、より贅沢な暮らしをすることが多くのサービス業を産み、雇用を産み出すという考えを健全とするかどうかというようなことです。

 その健全な状態のビジョンを明確にした上で、セーフティ・ネットの議論をすべきではないでしょうか。それに、セーフティ・ネットを議論する場合にも、セーフティ・ネットの多くに国が責任を持つ欧州のような社会をめざすのか、金持ちの慈善心に頼るアメリカの様な社会をめざすのかの議論も必要でしょう。

 中国外務省の報道官は、127日から今月3日までの日程をこなした温家宝首相の欧州歴訪を「大きな成功を収めた」と自画自賛しました。一つの話題性は、中国の再三の警告にも関わらず、フランスのサルコジ大統領がダライ・ラマと会談したことで、フランス訪問を取りやめたことぐらいでした。

 

 最後の訪問国、英国ではケンブリッジ大学での講演中に、温家宝首相に靴が投げつけられました。中国としては、チベット問題で昨年暮れまで欧州連合の議長国だったフランスのサルコジ大統領と揉め、関係が悪化した中EU関係を修復し、貿易や対中投資の改善を図るのが目的だったとされています。

 

 関係悪化のフランスだけ無視すれば、中国の面子が立てられ、関係修復は可能というのが中国の考えなのでしょうが、欧州の人権重視外交が筋金入りであることへの認識が甘いようです。つまり、人権問題くらいで、中国の巨大市場や経済成長を無視できるはずがないという考えが中国にはあるということです。

 

 欧州大国は今、アメリカの影響力に影が差す中、21世紀の世界の枠組み作りで、ドルの世界支配で終焉とともに新ブレトンウッズ体制作りに強い関心を持っています。その中で中国やロシアは大国ではあっても、頭痛の種であることに違いありません。

 

 昨年夏のグルジア紛争で見せたロシアのソ連時代と変わらない覇権主義を見たように、中国にも同じ疑念を持っています。中国もロシアも対米政策では政治的取引を優先し、対欧州では経済関係強化を優先してきたわけですが、これからEUは、国際政治の舞台で政治的発言力を強めるのは必至です。

 

 今は、世界のどの国も経済危機を乗り切ることで頭がいっぱいですが、同時に、国際社会の状況が大きく変わりつつある状況も見逃せません。欧州はむしろ、アメリカを含め、中国やインドなどの大国が極端な力を持つことを警戒し、多極化均衡論を主張していく構えでしょう。

 

  アメリカに史上初の黒人大統領が誕生して注目を集めていますが、危機を救う指導者の資質とは何かということに注目しています。というのも、日産・ルノー連合を率いるゴーン会長や、一昨年春に登場したフランスのサルコジ大統領のことが、頭をかすめるからです。

 

  今は世界的に自動車産業が経営危機に直面していますが、日産はカルロス・ゴーン氏をCEOに迎える前は、巨額の赤字で危機的状況でした。ニコラ・サルコジ氏が大統領になった時、フランスはEUの中ではEU憲法条約の批准に失敗した国として、EU域内で発言力を失い、雇用や移民問題で国は荒れていました。

 

  一方は企業の再生に、一方は国の再生に貢献し、どちらも五十代全般の若さで、指導力を発揮しました。愚かな日本の経済ジャーナリストが、日産の実績が少し下がっただけで、「ゴーン氏の指導力に陰り」とか言っていますが、日産の危機を切り抜けた手腕がどれほどであったのか理解していない証拠です。

 

  両者はフランスで高等教育を受けていますが、ゴーン氏はフェニキア人の血をひくレバノン人、サルコジ氏は、父親はハンガリー小貴族、母親はユダヤ系ギリシャ人と、最初からグローバルな育ちです。彼らの最大の特徴は、両者ともに考えられないほどの行動力を持ち、現場主義だということです。

 

  ゴーン氏は日産のCEOに就いてから、時間さえあれば工場やディーラーを訪ね、現場の声に耳を傾け、セブンイレブンのあだ名のごとく、朝7時から夜11時まで働くハードワーカーでした。サルコジ氏に至っては、1日のうちに数カ国を回ったこともあるほどの行動力です。

 

  神出鬼没とは彼のためにあるのではと思うほどです。思い出すのは一昨年11月、ブッシュ米大統領との初の首脳会談のため、ワシントンに向かう途中、ブルターニュの漁師が漁業政策に抗議しているのを聞き、ブレストに降り立ち、漁師たちと直談判してから、ワシントンに向かう行動をとったことです。

 

  二人とも即決即断型で、まずは社員や国民の前で明確な方向性を示し、スピード感をもって先頭に立って有限実行することです。当たり前のことかもしれませんが、私は危機を救うためには彼らのような決断力、行動力が必要とみています。

 

オバマ大統領は、どこまで、その行動力があるのか注目です。ただ、公約らしいことをあまりしていないので、有言実行の部分は、まったくの未知数です。

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◀パリのマンガ・カフェ

 

パリのオペラ座近くに学習塾で知られる「AAA」があります。日本人駐在家族の子供たちの補習だけでなく、フランス人に日本語を教え、最近ではマンガ養成講座まで始めたようです。在仏の日本の若者と日本趣味のフランス人の若者のたまり場になっている「AAA」は、注目を集めるマンガにも触手を伸ばしたと言えます。

 

日本に次ぐマンガ消費国といわれるフランスでは、日本のマンガ、アニメ、コスプレ、それにオタク文化が、凄い勢いで若者に浸透しています。マンガ・カフェ、マンガ専門書店、マンガ家養成学校などが急増し、最大手書店フナックのマンガコーナーは、日本の書店と見まがうような状態です。

 

フランスのマンガであるバンド・デシネは、日本のマンガの登場で押され気味ですが、「日本はマンガのハリウッド」という見方には、少々、疑問を呈しています。ハリウッド映画は、制作過程で世界に売り込むことが前提となっている場合が多く、そのために莫大な制作予算を投じて質の高い作品を作っています。

 

ハリウッドはアメリカらしく、映画において明確なグローバル戦略を持ち、巨大産業に成長してきました。ところが、日本のマンガ産業は、ハリウッドのほどのグローバル戦略があるとは思えません。宮崎アニメは海外での配給権をディズニーに委託することで安易な道を取っていますが、ジブリ自体が、凄いグローバル戦略を持っているわけではありません。

 

もう一つ問題を感じるのは、マンガやアニメ業界で、実際にクリエイティブな仕事に携わっている人たちの人件費の低さの問題です。映画もアニメも最終的には、いかに優秀な人材を集めるかが全てです。マンガ家やアニメーターをめざし、有名なマンガ家や監督の下で働く若者が、信じられないような労働条件で働いていることです。

 

本人たちは、それが一人前になる唯一の道と思い込んでいるのでしょうし、オタクのような人間は対して厚遇されることも求めないのでしょうが、それではいい人材を集め、持続的に高い質の作品を生み出し続けることは困難です。

 

建築事務所にもあるような、日本の異常な徒弟制度は、結局、多くの才能を踏みにじりながら存在している不健全な状態です。ハリウッドは競争も激しい代わりに、才能のある人間には徹底して投資する風土があり、大きな仕事をさせています。

 

それに20年近く、フランスや英国、ドイツの若者と付き合ってきた私からみれば、日本のオタク文化は、単に面白がられているだけで、その病理的側面まで歓迎されているわけではありません。マンガやアニメがオタク文化とセットで輸出されている状況では、けっして日本はマンガのハリウッドにはなれないと思います。

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◀マルク=アントワーヌ・マチューの『レヴォリュ美術館の地下』

 

パリのルーヴル美術館で、「ルーヴル-バンド・デシネへの招待」展(四月十三日まで)という企画展が開催されています。同展は、ルーヴル美術館が2005年より、バンド・デシネのアルバムコレクションを作るプロジェクトを進めており、そのプロジェクトのシリーズ全体の回顧展になっています。

 

フランスには、19世紀から日本のマンガに相当するバンド・デシネ(BD)が存在し、子供だけでなく、大人の娯楽としても愛されています。有名な作品には『アステリックス』や『タンタン』があり、日本でも知られています。

 

バンド・デシネは通常、ハードカバーで絵も手が込んでおり、制作に時間もかかり、結果的に高価になります。各家庭には、バンド・デシネのコレクションが置かれ、大人も週末にベッドやソファーの上で読んでいるのを、よく見かけます。

 

そのバンド・デシネが、安価で大量生産されている日本のマンガの勢いに押され、逆に最近では、日本マンガの影響を受けたバンド・デシネのフランス人作家も現れています。

 

ルーヴルのプロジェクトは、バンド・デシネ作家にストーリーの鍵となる作品やコレクション、展示室などを美術館の中から選んでもらい、ルーヴル美術館をテーマにした作品を自由に制作してもらうというものです。

 

展示作品としては、ニコラ・ドゥ・クレシーの『氷河期』(2005)、マルク=アントワーヌ・マチューの『レヴォリュ美術館の地下』2006年)、エリック・リベルジュの『奇数時間に』(2008年)などと並び、荒木飛呂彦の作品の原画も展示されています。荒木氏は西洋絵画に強い影響を受けた漫画家です。

 

バンド・デシネ作家たちは基本的に、卓越したデッサン力が要求されるということです。同時に作画のオリジナリティも重要な要素で、当然、画家としてやっていけるくらいの才能がなければ、プロとしては認められません。

 

  絵画と文学性を併せ持つバンド・デシネの世界には、味わい深い作品も少なくありません。今や日本に次ぐマンガ消費国となったフランスでは、日本のマンガやアニメで溢れていますが、彼らの目は肥えているので、安っぽいオリジナリティのないマンガは受けません。

 

毎年アングレームで開催されるマンガ・フェスティアバルで、2007年に日本の妖怪漫画の第一人者、水木しげる氏」が最優秀コミック賞を受賞したのも、もともと画家をめざした彼の描写力と独創性に負うところが大きいと私は見ています。

 

 

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◀子供連れの姿はよく見かけるが。

 

友人の家で冗談まじりに、「そのうち、結婚している人が珍しがられる時代が来るのでは」ということが話題になったことがある。それが英国では現実ものになるかもしれません。英メディアで明らかにされた英統計局(ONS)の世帯調査の結果によると、2010年には既婚者は少数派になるとの驚きの数字が出ています。

 

婚姻届を出して生活している人の割合は、1998年に58%だったのが、2007年に51%ダウン、この勢いでいくと2011年には5割を割り込むと予想しています。とはいえ、ヨーロッパでは、婚姻届を出さずに男女が同居し、家庭を営んでいる事実婚の数も多く、英国でも、その数は、この30年間で3倍に達しているそうです。

 

フランスなどは、大都市部で、かなり前から、事実婚が婚姻届を出しているカップルの数を上回っているという数字も存在します。それにPACSといって、事実婚にも社会保障上差別しない制度も存在し、それなら別に婚姻届を出す必要はないと考えるカップルは増える一方です。

 

失業率が高まっている英国では、失業した男性が育児に従事し、妻が仕事をしている家庭も増えていて、そんな男性の情報交換サイトや、クラブも存在します。それと、独り暮らしの女性の約半数が子持ちの単身親家庭という統計もあり、伝統的家族スタイルが大きく変化していることは事実です。

 

だいたい夫婦は経済問題が深刻化すると関係が悪くなり、結果的に離婚するケースも増えるといわれています。世界的景気後退も追い打ちとなり、既婚者の数の減少は加速化する可能性もあります。次の世代を担う子供たちにとっては、厳しい時代の到来と言えるでしょう。

  バラク・オバマ新米大統領にちなんで、フランスの人権団体が作った動画が配信され、話題になっています。動画では、パリのトロカデロ広場をジョギングするオバマ大統領そっくりの黒人に対して、白人警察官が何人も質問を浴びせかけ、最後には警察署に連れて行かれるというものです。

 

フランスでは、九・一一テロ以来、路上での尋問が合法化され、警察官は身分証明証などの提示を求めることができます。尋問を受けるのは通常、黒人やアラブ系の人びとで、私も何度もその光景を見たことがあります。警察官の態度は、まるで犯罪者を扱うような高圧的態度です。

 

アメリカでは、黒人と白人の混血が大統領になりましたが、フランスでは2年前に、ハンガリー小貴族の父親、ユダヤ系ギリシャ人の母親を持つサルコジ大統領が誕生し、妻はイタリア人のブルーニー夫人です。元の妻もスペイン人とルーマニア人の間に生まれた女性で、サルコジ一家の血は複雑です。

 

冷戦後の紛争の多くが民族間の対立が原因であることを考えれば、混血の大統領の登場は、時代の大きな変化を意味するものかもしれません。宗教対立と民族対立の克服が、今世紀の大きな課題といわれていますが、国境を越え、民族を超えた存在の混血指導者の登場は希望と言えるでしょう。

 

私もフランス人の妻との間に5人の子供がいますが、彼らは希望ではありますが、日本のような均質性の高い国に住むのは苦労が伴います。特にアイデンティティを探し求めるのに非常な困難が伴います。グローバルマネジメントが成功すれば、大きな結果を出せる一方、失敗したら最悪の事態に陥るのと同様、混血の人生も天国か地獄かの険しい道もあることは、あまり知られていないのではないでしょうか。

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 今から六年ほど前、イスラエル情勢が悪化した時、フランス在住のユダヤ人のイスラエルへの移住の数が上昇したことがありました。常識的に考えれば、イスラエルでインティファーダ、自爆テロが起きれば、そこを脱出することを考えるのが普通ですが、その反対の現象が起きて驚かされました。

 その後も、前年を上回る在仏ユダヤ人がイスラエルに移住する姿を見て、彼らの祖国への思いが尋常でないことを悟らされました。イスラエル人が殺害され、人口が減るのをくい止めるために、彼らは移住しているわけですが、改めて祖国を失って彷徨った数千年の時が、祖国への思いを強烈なものにしたことを思い知らされました。

 実は私の母も国ない状態で青春時代を過ごした経験を持っています。満州・大連から敗戦で引き上げる時、父親の仕事の関係で、戦後の数年を大連で過ごすことになった経験があります。中国人によく物を盗まれたそうですが、そんな時に訴えていくところもなく、国の守りのない状態の恐怖を味わい、国があることのありがたさを思い知らされたそうです。

 ユダヤ人は、それが数千年も続いたわけだから、国を再び失う恐怖感から、なりふり構わず、建設した祖国を守ろうという態度に出ているのもうなづけます。ただ、残念なことに彼らの排他的な選民意識と、迫害されたことへの怨念が、多くの場合、マイナスに働いています。 

 湾岸戦争の時にイスラエル政府に招かれ、イスラエル全土を取材したことがあります。ゴラン高原を訪れた時、彼らが誇るゴランワインの醸造所を訪れましたが、ユダヤ人でない私の前で、「これは世界一神聖なワインだ。なぜなら、ぶどうからビン詰めまで、選民であるユダヤ人しか手に触れてないからで、製造過程で異邦人が触れたら、その場で廃棄している」という説明を受けました。

 彼らの、この独善的感覚こそ、差別的で傲慢な態度を生み出すのではと、その時思いました。悪いことは全て異教徒のせいという責任転嫁のメンタリティにも驚かされます。彼らは今後、どうなるのでしょうか。

  パリからブリュッセルに向かう電車の中で、たまたま隣に座った中年の英国人男性と、イスラエルのことで話が盛り上がったことがある。彼は、ユダヤ人は異邦人に対して、とりわけアラブ人への蔑視は、相当なものだと力説していた。こんな話をする時は、勢い小声になってしまう。

 

  ユダヤ人1人の命は、アラブ人100人の命に相当するという話がある。今回のイスラエル軍によるガザ地区攻撃では、すでに1000人以上のパレスチナ人が死亡している。理屈から言えば、選民であるイスラエル人10人の血の代価として、1000人のアラブ人を殺害するのは、彼らにとっては当然のことと言えるかもしれない。

 

  どんな宗教でもそうだが、思考停止した信仰者ほど恐ろしいものはないと私は考えている。信仰を持っていたとしても、不条理な現実世界に生きている限り、葛藤がある方が正常で、何も感じないのは異常というしかない。

 

  ユダヤ教徒もイスラム教徒も、あるいはキリスト教徒でも、原理主義に陥り、過激な行動をとる者の多くが、実は本来、日和見主義で物事を深く考えない軽薄な人間が多いといわれている。英国やフランス、ドイツでイスラム過激派の手先になる若者のほとんどが、そういう人種といわれている。

 

  信仰による行動の正当化は、良心を吹き飛ばす危険性をはらんでいる。ユダヤ選民の行く道を妨げる行為は彼らにとっては迫害でしかない。最終的に独善主義に陥り、他人の命や心が傷つく痛みを感じる感性はマヒし、ただ、自分たち以外は、どんな悲惨な目にあっても何も感じなくなる。

 

  シモン・ペレスは、ルモンド紙への寄稿の中で、イスラエル建国以来、パレスチナ人の心の痛みなど考えたこともなかったと書いている。ハマスがどんなテロ集団だとしても、「目には目を、歯には歯を」の旧約的思考パターンでは、恩讐は増すばかりだ。ブッシュ政権も、それで失敗した。

 

  ヨーロッパに長年住んでいると、反ユダヤ的感情が芽生え、アラブへの同情心が生まれてくる。複雑な心境だが、両者共に独善的で被害者意識が強く、分離主義者であることに間違いない。あまりにも長い戦いが、同じ人間という感性を消し去っているのが悲しい。

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◀デトロイト、GM本社のあるルネッサンスセンターの運命は?

 

  世界的景気後退で製造業の雄、自動車産業が直撃されています。このことで思い出すのは1980年代末、米ミシガン州の要請で州の取材をしていた頃のことです。私はデトロイト中心部にあるルネッサンスセンターの円柱の建物に入っていたウェスティンホテル(現在はマリオット)に長期滞在していました。

 

 私が取材していた頃は、マツダが自動車産業の聖地、ミシガンに工場を誘致した頃で、ジャパンバッシングの最中、米国自動車産業の苦戦ぶりが伝えられていた頃でした。米自動車産業を象徴するデトロイトで、ルネサンスセンターを中心に、町の再生プロジェクトが進む最中の取材でした。

 

 まさに、このルネッサンスセンターが現在、米最大手自動車メーカーGM本社になっており、苦境に立たされるGMの本社ビルが映像に映し出されるたびに、当時を思い起こしています。当時の米国は製造業を捨て、サービス産業、金融業に完全シフトした時代でした。

 

 州政府の役人にデトロイト美術館を案内された時でした。美術館には古代から現代美術まで約65000点の作品を所蔵しており、さすが自動車産業で財をなした町の贅沢なコレクションだと感心しました。アメリカ美術にまじり、ゴッホやセザンヌ、ピカソの作品の展示の前で、作品について話していたら、「彼らは有名なのか」という問いが返ってきました。

 

  案内してくれた2人の役人は、州政府のかなり上の役職の人でしたが、20世紀を代表する画家の名前を知らないのに驚かされました。

 

  当時は、自動車産業の転換期で、デトロイトから富裕層が引っ越し、残された豪邸に黒人貧困層の家族が何世帯も住み、町は荒れ果てていました。しかし、同時に広大な土地を飛行機の窓から眺めながら、アメリカの巨大さ、底力を感じさせられもしました。

 

  ただ、今回は、あの時のような回復力がアメリカの三大自動車メーカーにはなさそうです。再生の象徴だったルネッサンスセンターは今後、どうなるのでしょうか。日産・ルノーグループが買うという選択肢はないと思いますが、その運命は世界経済と深くリンクしているのは確かと言えそうです。

 

  日本の一部上場企業のスペイン駐在員で、今はパリで運送業を営むAさんが最近、日本へ帰国したという話を聞きました。Aさんは、スペイン駐在中に、ヨーロッパがとても気に入り、生涯、大企業のサラリーマンを続けるより、空気の合うヨーロッパで起業しようと考えました。

 

  時は、日本のバブル経済が崩壊し、暗黒の10年に突入して先が見えない時期でもあったので、チャンスと感じたようです。ビジネスモデルは、自分の経験から生まれることが多いわけですが、彼は日本人ビジネスマンがヨーロッパで、運転手付きの車をビジネスや観光で利用することに目をつけ、エスコート付きのハイヤーのサービスをヨーロッパ最大の観光地パリで始めました。

 

  自分が利用する側から利用される側に変わったわけですが、当初は順調と思われた事業も、車を増やし、運転手を雇うようになってから、経営が苦しくなりました。日本の経済もますます厳しくなり、時代は中国やインドへの投資に急速に動いている時代に入っていました。

 

  パリに引っ越してきた当時は、駐在員感覚で16区の高給住宅地のアパートに住んでいましたが、家賃が払えず、結局、20区の安いアパートに引っ越しました。生活が窮地に追い込まれる中、ビジネスを初めて7年目に、最初は理解を示していた妻が音を上げ、子供を連れて日本に帰国してしまいました。

 

  結局、1人住まいの安アパートで、細々と仕事をしていましたが、最近は、あれほど好きだったヨーロッパに対して悪態をつく毎日だったようです。最初は自由な雰囲気や美しい街並み、郊外の豊かな自然やおいしい食べ物に魅せられていましたが、「どこまでいってもフランス人にはなれない」が口癖でした。

 

  私の従弟も、山一證券のロンドン支社にいた10数年前、アパートを数軒買って、日本人駐在家庭に貸し、左うちわの生活をしたいと考えていた時期がありました。自分を含め、日本人駐在員が70万円以上の家賃の高給アパートに住んでいることに目をつけたわけですが、今では脱サラしなくてよかったと言っています。

 

  無論、脱サラしてヨーロッパで成功した例も多少ありますが、非常に少ないと言えます。異国の地で成功することは、生易しいことではないということです。

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◀フランスでは夏と冬の2回、決められた時期にバーゲンセール(SOLDES)を条例で実施している

 

  一年を通して温暖な気候で知られる地中海に面した南フランスまでが寒波に襲われています。マルセイユの街並みが雪に覆われるのも珍しく、凍りついて滑りやすくなった路面で転んだり、車がスリップしたりする事故も起きているようです。

 

  日中が零下という寒さは、観光客にとっても厳しいものがありますが、冬のバーゲンセール期間に突入しているフランスでは、そんな寒さなどものともせず、日本からの観光客の足が途絶えることはありません。特に今年は円高も手伝って、日本人にとっては大変魅力的です。

 

  バーゲンセールで思い当たるのは、日本のバーゲンセールとの違いです。フランスやドイツなどでは、国中で一斉に行うバーゲン期間に、バーゲン専用商品を売ることが禁じられています。つまり、日頃、店頭に展示している商品を値引きして売るというルールです。

 

  そのため、セールが始まる数日前から、消費者が商品の品定めを初め、買いたい商品にあらかじめ目をつけておいて、セール初日に一目散に、その商品めがけて買い物に行くというスタイルが一般化しています。バーゲンの時だけ、こっそり安い劣悪商品を並べ、5割引の正札を付けて売ることは許されません。

 

  今年は寒波の中でのセールなので、防寒着が売れる可能性は高いのではないかと言われています。セール後半には7割引などという叩き売りも行われますが、売れ残り商品でもあるわけです。景気後退で消費意欲は落ちていますが、じっと値下がりを待つ人も増える可能性もあります。

 

  寒波で懐も寒く、今年を象徴するような年の始まりです。イスラエル情勢の悪化で、欧州最大のユダヤ人とアラブ人を抱えるフランスでは、社会不安も懸念されます。