安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが体験を踏まえ現在の世界を読み解きグローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

フランスのサルコジ大統領が、6日にポーランドでダライ・ラマと会いました。中国が何度も警告を発し、中国国内の仏系スーパー、カルフールでの不買運動などもありましたが、今回、サルコジ氏は「誰と会うのも自由だ」「大げさに考えることではない」と言って、EU議長としては初めてダライ・ラマに会いました。

 

これまでにサルコジ大統領は2度、中国に配慮しました。1度は北京五輪開会式出席で、メルケル独首相などがチベット問題に抗議し、出席を取りやめましたが、サルコジ氏はギリギリになって出席しました。2度目は、ダライ・ラマの訪仏時に、自分は会わず、妻のブルーニ夫人に会わせました。

 

この2度の配慮は、フランス国内のチベット問題活動家などから、強い批判を受けました。今回は逆に、中国の強い警告を無視する形で、堂々と会見し、なおかつ「チベット問題で中国への憂慮をEUは共有していることを確認した」と言って、さらに中国を怒らせました。

 

フランスは外交大国と言われますが、サルコジ氏も難しい判断をしています。中国とは昨年、エアバスや原子炉などで、巨額の契約を結びました。経済的に見れば、国の経済を潤わせる最も大切なクライアントを怒らせれば、契約が紙切れになる可能性もあり、この世界同時不況の状況では、あまりにも甚大なダメージを与えかねません。

 

ところが、フランスは一方で人権大国を自負しています。フランス首脳が中国を訪問するたびに、中国政府が聞きたくない人権問題を毎回取り上げ、中国への憂慮を表明しています。北京五輪のパリでの聖火リレーを途中で挫折させたのも、チベット問題に抗議する人権団体の強烈な行動からでした。

 

大統領は、この二つの狭間で選択を迫られたわけですが、結果的にフランスのスタンスを守った形です。フランスは、正義とは言えませんが、自国のスタンスを守ることで外交大国の面目を保っています。アメリカのイラン攻撃に先頭に立って反対しました。

 

でも、フランスにいれば、これはフランスの文化、習慣からすれば、当たり前のことです。ユニークな存在であることは、フランス人には何にもまして重要だからです。サルコジの賭けに中国がどう出るか分かりませんが、外交取引はタフでなければ、到底、切り抜けられません。

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◀ホンダのF1撤退はモータースポーツ界を凍りつかせた

 

 ホンダのF1撤退のニュースは、モータースポーツ界に大きな衝撃を与えました。英国メディアは一斉に、他のF1参戦チームもホンダの後に続くのではと報道し、絶望的な声も聞かれました。ホンダF1のチームオペレーションセンターがある英国のブラックレイでは、多くのスタッフが今、失業の恐怖におののいていると言われます。

 

 英国には約800人の専従スタッフがいる他、下請けなど関連で働く人を入れれば1000人を超える関係者がいると言われています。英国には他に2チームが拠点を置いているため、ホンダの撤退宣言は衝撃的で、深刻な不安が広がっています。

 

  ホンダのチーム関係者によれば、来年3月まで財政的には蓄えがあるとしていますが、来年1月までには売却先を見つける必要があります。すでに3社が関心を寄せているとも言われています。しかし、いずれにしても人員カットは避けられない情勢で、最悪のクリスマスを迎える人がかなりの数に昇りそうです。

 

  ホンダチームは近年、目立った成績はなかったわけですが、逆にスタッフを増やし、優秀な人材を雇い、力を入れていました。そのモティベーションの高さは皆が知っていた。それだけにF1関係者は口々に「え? あのホンダが?」とショックを隠せない様子です。

 

唯一の救いは、他のF1チームが、次々とレースにとどまることを宣言していることですが、これも肝心の親会社が、撤退を決めれば、どうすることもできません。無論、経営的には、ホンダの判断の迅速さは評価される部分もあるでしょうが、ヨーロッパでは、その衝撃は計り知れません。

 

ただ、今回のことで、F1関係者は「コストが鰻登りになっていることを反省すべき」と口々に言っています。果たしてF1はどうなるのでしょうか。

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◀エスパス・クロード・ベリで今年行われたジル・バルビエ展

 

世界的景気後退の波は、美術界にも押し寄せているようです。聞くところによれば、フランスの大手ギャラリーでさえ、従業員の首切りを断行しており、現役のアーティストたちにも影響を与えているようです。これはボディブローのように時間と共に効いてくる可能性があり、懸念が広がっています。

 

フランスの多くの小規模ギャラリーが今、苦境に立たされていますが、フランスの美術市場はアメリカに依存するところが大きいのも理由の一つです。友人のイタリア美術の専門家は、アメリカのITバブルの時は大忙しでした。

 

30代のビジネスマンが多いんだけど、IT系のアメリカ人は、絵なんてまったく分からないんだ。投機の対象だから、僕が買う作品を全部決めて、彼らは絵も見ないで買うんだ」と言っていました。その購買意欲は凄まじかった。それが、跡形もなく消えてしまった。友人は「今は静かなものさ」と暇そうです。

 

今年初め、フランス人映画監督で、現代美術コレクターでもあるクロード・ベリが、パリのマレ地区、ポンピドゥーセンターの裏側にエスパス・クロード・ベリをオープンし、大きな注目を集めています。

 

ランビュトー通りのパッサージュ・サンタヴォワのモードのショールームを改築した展示スペースでは、クロード・ベリが好むアーティストの展覧会が行われ、即売も行っているようです。財力もあり、支援者もいるようですが、年末にこんな規模の不況が訪れるとは、ベリも予想しなかったことでしょう。

 

でも、アメリカとヨーロッパを激しく往復しながら巨大ビジネスのブローカーをしている友人のニーナは言っていました。「美術品は株や為替に比べれば、リスクが少ない方だから、動きはあるわ」と。

 

 アメリカのサブプライムローンに端を発した金融危機は、リーマンブラザースの経営破綻で世界同時不況の様相を呈しています。さらに9・11テロからアフガン・イラク攻撃、その後の復興の泥沼化もアメリカに端を発したものでした。

 まさにアメリカがくしゃみをすれば、世界が風邪を引くという構図で、いかにアメリカの影響力が強く、裏を返せば、アメリカへの世界の依存度が高いかということなのでしょう。ところが、最近の情勢を見ながら、結局、アメリカは世界に幸福をもたらさないという、アメリカへの嫌悪感が高まっています。

 実情は、単純なものではありませんが、一つ言えることは、アメリカのグローバル戦略には大きな欠陥があるということです。それは、「アメリカは最も高度な文明を持ち、その普遍性を世界に広める義務がある」との信念の中に潜む独善性です。

 外交でもビジネスでも、アメリカはユニバーサルな権利を主張する傾向を強く持っています。簡単に言えば「自分たちのやり方が一番だ」ということです。それを圧倒的な経済力と軍事力を背景に押しつけられれば、たいていの場合、相手は屈してしまいます。日本はその代表選手でしょう。

 ところが、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン・イラク戦争、対中国政策、対北朝鮮政策などを見ても、そのほとんどが結果的には失敗に終わっています。その最大の原因は、異なった歴史と文化を持った相手に対する無知と無関心です。その高圧的で独善的な態度が最終的には敗北に繋がっているのです。

 アメリカ人は、自国の中が多民族だから、十分に異文化を理解し、それをまとめ上げる能力があると主張するでしょうが、そこが落とし穴でしょう。これがオバマ政権になって、どう変わるか見物です。

 日本は逆に、国内に異文化が希薄で、異文化接触に不慣れです。異文化に違和感を覚え、その対処が苦手なので、外交やグローバルビジネスでは非常に不利です。

 そうやって見た場合、欧州は、異なった歴史と文化、民族が共存する連合体を作っています。欧州を外から見る人は、キリスト教文明を背景に持つ同質文化と思うでしょうが、とんでもありません。国境を挟んで、その文化には大きな違いがあります。

 異質で多様な文化の共存を続けてきた欧州では、アメリカのような単純な独善性は存在しません。長い歴史の経験から、異文化との交渉にも長けています。そのことがハーバートのビジネススクールなどで、見直され、グローバルマネジメントの分野でも大きな注目を集めています。

 面白いことに、グローバルマネジメントに最も敏感に反応しているのが欧州で、逆にアメリカ、日本では十分に関心が払われていません。それは独善的すぎるか、逆に均質過ぎるかの理由なのでしょう。<



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◀パリ7区のラトリエ・ドゥ・ロブションでシェフを指導するロブション氏

 

 フランス料理界の「世紀のシェフ」と呼ばれた、ジョエル・ロブション氏が、ミシュランガイドで、なんと合計24個の星を獲得したそうです。香港とマカオで新たに彼のレストランが3つ星を獲得したということもあり、24個というのは史上最多だそうです。

 

無論、ロブション氏にしろ、彼のライバルである、アラン・デュカス氏にしろ、東京に店を構えていますが、彼らは、少なからず、日本に影響を受けています。ロブションは12年前に一度引退宣言し、2003年春に新しいスタイルで再登場しましたが、その時、興味深いことを言っています。

 

「人々は、よりカジュアルなスタイルを好み、同時に質の高い料理を要求している。私はそれを日本で学んだ」と、新しいパリの店のオープニングで同氏は語っています。

 

パリ左岸7区、オルセー美術館や、米国作家カポーティやアーサー・ミラーが好んで泊まったポン・ロワイヤル・ホテルにある彼のレストランは、予約不要、ネクタイ不要、禁煙、そして何より、日本の寿司カウンターのように、個別のテーブルや席がありません。

 

ロブション氏曰く、人々は厳めしい「レストランではなく、粋なビストロを好むように時代は変わった」と分析しています。39歳でミシュラン3つ星を獲得した天才シェフは96年、過労を理由にレストラン・シェフを退き、日本やスペインで、料理指導にあたったことが、今日の成功に繋がっているようです。

 

建築現場で働く父親、掃除人だった母親のもとで育ち、修道女の料理の手伝いから料理の世界に入ったロブション氏が今、フランス料理界のまさに頂点を極めたということで、凄いというしかありません。世界に現在、16店舗を展開しながら、フランスのTV料理番組も長年維持しています。

 

どこで時間を作っているのか想像もできませんが、毎回、彼と共に無名、有名シェフが登場し、家庭でもできる料理を紹介する番組は好評で、料理好きの私もよく見ています。

 

ちなみにミシュランの星所有2位のディカス氏は私と同じ年、縁あって、ディカス氏が理事長を務める料理学校で、卒業生に修了証書を授与する役を頼まれたこともありました。彼は現在、16個の星を所有しています。でも、フランスの巨匠といわれるシェフたちが、日本に学んだものが少なくないことも誇りに思うべきでしょう。

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◀「NCIS(ネイビー犯罪捜査班)

 

  最近、アメリカのシリーズものの人気TVドラマで「NCIS(ネイビー犯罪捜査班)という番組を観ていたら、部下がミスを犯した時にボスのギブスが、「謝るのは弱さを表す」と戒めている場面が気になりました。この発言が、私の頭の中では、フランス人の妻を初め、周りの西洋人たちが謝らない姿と重なって、しばし思いを巡らすことになりました。

 

  妻との20数年の生活の中で、この問題は、何度頭をもたげたか分かりません。何かいさかいがあった時、日本には「負けるが勝ち」という諺があります。「私が悪うございました」と言って、一人が悪者になれば、その場は収まるという考えです。

 

  これはまったく西洋人には理解できない考えです。むしろ、自分が悪くても最後まで弁解し続け(妻はそこまでひどくはないけれど)、絶対に謝ろうとしないのが普通です。この態度に日本人は辟易します。日本人と外国人がいる職場でも、よく起きることで、会議の席などでも見かける光景です。

 

  ヨーロッパでは、「謝ることは相手の軍門に下ること」という考えがあります。正しいかどうかではなく、謝れば自分が不利な立場になり、相手に支配されるという、まさに領土争いに明け暮れた歴史の証とも言える内容です。

 

  それにキリスト教では、絶対的価値を持つ神様の前では、悔い改めるが、人間の前で懺悔するなど、とんでもないという考えも潜んでいるといわれます。キリスト教には相手を許すという教えもありますが。

 

  彼らは言います。「謝るのは相手の心を傷つけた時だけで、自分のミスは自分が悔いればいいだけで、人前で謝れば、自分にとってマイナスになる」と。これは謝るのは弱さを表すというギブスの戒めにも通じるのかもしれません。

 

  逆に日本人は、なんでもすぐ謝り、それで事を済ませようという傾向があります。中国や韓国に対しても謝り続けています。でも、もしかしたら相手は、不思議に思っているかもしれません。日本人が思っているような効果はないかもしれません。それに死んだ日本兵はどうなるのでしょうか。

 

  謝らないのもいいとは思いませんが、謝ることの安売りも、自分をおとしめる結果になるでしょう。問題は多少違いますが、ブッシュだって、イラク戦争を非常に悔いているそうですが、だからといってイラク国民や死んだ米兵に謝ろうとはしないでしょう。

 

  謝るという行為は、やはり心の問題が最も大きいということでしょう。文化が違うと、謝るという一つの行為も簡単ではないということでしょう。

 

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◀フォンドラン会長(インタビュー当時)筆者撮影

 

90年代にドイツ鉄鋼連盟のフォンドラン会長(当時)にインタビューしたことがありました。この時、最も印象深かったのが、社会民主主義に触れた時でした。こんなことを書くのは、今、ヨーロッパでは、この社会民主主義が大きく葛藤しているからです。

 

フォンドラン会長に「自由市場主義が浸透するヨーロッパでは、社会民主主義も大きく変化しているのではないか」という質問をぶつけた時でした。彼はそれまでの上機嫌な態度から急に顔色を変え「そんなことは絶対にない」と語気を強めました。

 

このリアクションには本当にハッとさせられました。というのもフォンドラン氏は、保守のキリスト教民主同盟(CDU)の議員でもあったからです。社民党ならまだしもという思いがあったわけですが、改めて大陸欧州の社会民主主義に対する強い確信を思い知らされた感じでした。

 

あれから10年以上経ち、21世紀に入り、ヨーロッパもアメリカの金融資本主義にどっぷり漬かり、今回の金融危機では大きな火傷をしてしまいました。福祉国家も徐々に様変わりし、フランスは定年退職規定年齢を70歳に引き上げようとしています。

 

貧困や病気、事故といった人生に降りかかる災いを、その人本人だけのせいではないと考えるのが社会民主主義で、弱者や脱落者が地獄に落ちないようにソシアルセキュリティーネットを張るという考えのもとに人間らしく生まれ、人間らしく生き、人間らしく死ぬことができる社会の実現にこだわってきたはずです。

 

でも、金の力は恐ろしいもので人の考えまで大きく変えてしまうのでしょうか。アメリカのエグゼクティブ並の大金を手にしたいと考える若者が増えているのです。TVでは、そんな成功者の話が紹介されています。

 

こうなると、逆に極端に社会主義的な考えにシフトする人が出てきてもおかしくありません。フランスでは先週末に、一人の社会党議員が離党し、新党を立ち上げました。彼は共産党に近い考えを表明し、リスボン条約にも反対しています。

 

しかし、本流は限りなく、資本主義にシフトしています。果たして彼らがこだわり続けた社会民主主義は、どう変容するのでしょうか。

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◀ローマの日曜日のスーパー

 

  スイスで今月27日、日曜営業解禁法案が議会で可決されました。フランスも12月の議会で可決されれば、日曜営業が解禁になります。ドイツは、もともと、日曜・祝日の完全休業はもとより、平日も夜6時閉店(木曜日のみ8)、土曜日も午後2時閉店だったのが、緩和され、州によっては日曜営業も条件付きで認めるようになりました。

 

昨年、ドイツでは、首都ベルリン市で小売店の日曜・祝日営業を規定する「閉店法」が大幅に緩和されたのに対して、プロテスタント及び、カトリック教会が違憲として連邦憲法裁判所に提訴しました。憲法には「日曜日および祝日は、仕事の休日として法律上保護される」と書かれているからです。

 

イタリアは14年前に、日曜・祝日の営業が解禁され、特に大型スーパーには大きな利益をもたらしています。スーパー側は、日曜日の売り上げは、1週間の総売り上げの4分の1にのぼると報告していますが、労組は未だに文句を言っています。

 

一方、英国も日曜営業法の施行から14年が経ちます。売り場面積300平方メートル以上の大型店舗が日曜日に6時間以内の営業をすることを許可した法律です。日曜日のショッピングはすっかり定着、現在では日曜日は1週間の売上の15%以上を占めると言われています。

 

  スペインでは逆に、売り場面積300平方メートル以下の店舗が日曜・祝日に営業可能ということで、大型店舗の一人勝ち解消につなげているようです。ただ、今年あたりから大型店の営業も段階的に可能になっています。

 

ただ、どの国でも大都市や大型店舗で日曜営業が積極的に行われるようになっただけで、地方都市や田舎に行けば、日曜日は完全に「休み状態」が未だに普通です。無論、日曜営業禁止は、キリスト教の聖書にある1週間に1日休む戒律から来たものですが、今では宗教的理由とは言えません。

 

確かに、住んでみれば、不便なことも多く、例えば土曜日に買い物を済ませないと日曜日に食料品などの日用品を調達できない緊張感があります。

 

ただ、これも慣れてしまえば、人間が働くこと、消費することから1日解放され、皆が休むので結果として家族や親戚、友人と過ごすのも容易というのは、なかなかいいものです。事実、フランス人などを見ていると、週末を楽しむために働いているとも言えます。

 

日曜営業を許可すれば、結果的に誰かが働くことになり、国民が皆休息を取ることはできなくなります。ただ、人間の生活様式、欲望は多種多様ですから、キリスト教が残した習慣で、いつまでも国民を縛るのは難しいのでしょう。

 

個人的には、ワーカホリックの日本人に、せめて祝日くらいは、完全営業禁止の日にし、「働くことこそ人生」という人生観を考え直すチャンスにすべきではないかと思っています。

  世界的な景気後退は、欧州においてもレイオフへの不安という形で広がりを見せています。フランスのトヨタが工場を4日間停止し、スペインでは日産が工場閉鎖でもめています。すでに今月、英国やフランス、ドイツで大企業の人員削減が始まっており、今年は暗いクリスマスになりそうです。

 

  欧州、特に大陸欧州の大国であるドイツやフランスでは、企業は簡単に社員の首を切れません。フランスだと、会社側の経済的理由か、社員が会社に損害を与えているという理由以外に首を切ることはできません。それに経済的理由だと、首を切った社員のポストはなくさなければなりません。

 

  一方、英国は、フランスやドイツに比べれば、比較的簡単に解雇でき、日本やアメリカに近いと言えます。もう一つの問題は、学歴と職位が固定的なために、雇用に柔軟性がありません。そのため、失業した場合も、同じような職位の仕事を探すことになります。

 

  福祉国家というのは、雇用制度と社会保障制度が完全にリンクしているので、会社の都合で簡単に人員削減ができず、企業の税負担も大きく、企業側にとっては、状況に応じた迅速な対応が取りにくいという問題もあります。

 

  いずれにしても、雇用不安の増大が消費の冷え込みをもたらし、悪循環に陥る可能性が非常に高くなっています。果たして、この危機は乗り越えられるのでしょうか。

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◀英国王室と混同した愚かな本

 

  ヨーロッパだけではありませんが、その国のメディアをウォッチしている人は少なくありません。例えば、特派員たちは、現地のメディアを見て、裏を取り、記事を書くことも多く、複数のメディアから浮き上がった事実を自分の国に伝える場合が少なくありません。

 

  某日本の大新聞では、ロンドンやパリ、ローマなどで現地雇いの日本人に現地のメディアを読んでもらい、そこから配信する記事を作り上げるようなことをしています。

 

  ただ、それで高い質の記事が書けるわけではありません。例えば、新聞に書かれていることに精通していても、実は簡単なその国の常識や人々の意識が分からなかったりする場合も少なくありません。

 

  この前も、ロンドンで長年、現地メディアを読みあさっている日本人に会いましたが、「アレッ ?」と思うような事実誤認をしている現実に遭遇しました。

 

  つまり、メディアは、その国の人にとって、完全に常識化していることは文字にはなっていないという事実があるからです。誰にとっても当たり前のことは文字にする必要がないからです。

 

  例えば、先月、BBCのラジオ番組の中で、タレントのラッセル・ブランドとジョナサン・ロスが、往年のコメディアン、アンドリュー・サックスに下ネタ的な発言をしたことで、BBCを揺るがすスキャンダルになっていますが、どうして大騒ぎしているのか、英国人がBBCに求めるモラルや良識、超えてはならない一線を知らなければ、まったく理解できない話です。

 

  私の妻はフランス人ですが、そのおかげで多くのフランス人の親族、そこから広がる友人、さらには英国、イタリア、ドイツなどにも友人が多くいます。彼らと話していると、メディアの裏側の書かれていない常識に出会うことがよくあります。

 

  例えば、ヨーロッパは歴史的に非常に強い階級制度が存在したため、同じ階級の人同士の結婚が常識的でした。そのため、顔だちで階級が分かるとも言われています。

 

  そうするとテレビや新聞、雑誌に、その人の顔写真が出ると、本能的に、どの階級なのかを判断するということがあるわけです。でも、そんなことは活字にはなりません。でもみんな感じていることです。

 

  つまり、メディアや文献だけでは、なかなか、その国の文化や人を理解するのは難しいということです。ただ、恐ろしいのは現地メディアの情報を一生懸命に自国に配信することで、正確でないイメージが作り上げられるということがあることです。

 

  例えば、王室報道などは、その典型で、メディアの活字だけを追っていても、その国の王室への国民感情を理解するのは極めて難しいと言えます。オーストラリアの愚かなジャーナリストが書いた雅子様本などは、その典型で、独自に取材したと言ってはいますが、天皇によって作られた日本人の精神文化が、まったく理解されていない典型例と言えます。

 

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◀オブリー新党首でも、左派は大混乱

 

  フランスの最大野党、社会党内部が大混乱に陥っています。注目された党首選は、予備選では圧倒的にロワイヤル元環境相が有利でした。ところがロワイヤル候補の最強の対立候補と見られたドラノエ・パリ市長が「党を二分したくない」との理由で立候補を辞退し、オブリー氏を支持、さらには党首選第三の候補だったアモン欧州議会議員もオブリー氏を支持しました。

  

  包囲されたロワイヤル氏は形勢が一挙に不利になり、決選投票で最終的に42票という僅差でオブリー氏に敗北しました。ところが一部に開票時の手違いがあり、投票に不正も指摘され、ロワイヤル陣営は選挙のやり直しを主張しています。

 

  日本のメディアは、オブリー氏で確定したように報道していますが、まだ、不透明な部分もあります。なんといっても、これまでは党大会で調整して、圧倒的多数の支持で第一書記が決まるのが社会党の常だったので、初めての経験なわけです。

  

  それはともかく、ロワイヤル氏は昨年大統領選の候補者だったので、よく知られていますが、オブリー女史は、それほど知られていません。彼女は、90年代初頭、欧州委員会の委員長を務め、ミッテラン政権下で財務相も務めたジャック・ドロール氏の娘です。

 

  温厚な人柄のお父さんとは異なり、学生運動当時のヘルメットが似合いそうな過激な左派政治家です。今の週労働35時間制を導入したのも彼女が雇用相の時でした。私の友人の欧州議会議員は、かつてある会合で一緒になった時、彼女がわざわざ近寄ってきて「私が無神論者であることを忘れないでね」と耳打ちしたそうです。

 

  友人は篤実なカトリック教徒で、信教の自由の法案を審議している時だったそうですが、オブリー氏は筋金入りの社会主義者で、社会党左派を代表する人物です。財界からは「頭がおかしい時代遅れの女」と嫌われています。私も彼女の目つきに恐怖を覚えています。

 

  いずれにしても今回の党首選で、社会党は中道と左派に、真っ二つに分裂してしまい、オブリー氏が党首になっても、まとめていくのは非常に困難です。事実、オブリー氏は勝利宣言で「二人の候補は共に敗北した」と分裂を認めています。この状況を見たサルコジ大統領は、さぞ気分がいいことでしょう。

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◀教員によるストライキには高校生も駆り出される

 

  フランスでは、政府が進める教育改革、とりわけ、135百人の教員削減に抗議し、20日にはストライキを全国的に決行しました。そうなると、あちこちの学校は閉鎖され、授業が行われなくなります。

 

  フランス政府は、ストライキ中でも最低限の教育サービスを行うように義務づけていますが、実行されずに完全閉鎖された保育所や小学校もあり、訴訟になるそうです。

 

フランスは労働組合が非常に強い国です。といっても民間セクターなどは、組合加盟率が1割に満たないほどですが、その組織力、動員力には舌を巻きます。フランスに進出した日系企業が、もっとも頭を抱える問題です。

  

  フランスの教師は日本ほど社会的に地位が高くなく、給料もいいとは言えません。そのわりには高学歴が要求されるため、地味な職業というイメージで、聖職とはほど遠い存在です。

 

  日本の教員と異なり、授業以外の業務は少ないので、小学校などは教員室がない学校も多く、教員と生徒が一緒に登下校する姿も見かけます。教室は担任教師の事務室兼職場で、生徒を出して鍵を占め、自分も帰宅します。

 

  夏休みはまるまる2カ月で、研修などはありますが、とにかく休みが多く、保障もしっかりしています。サルコジ大統領に言わせれば、「教師は、民間企業のサラリーマンに比べれば、とにかく働いていない」と不満が一杯のようです。

  

  ただ、教師に言わせれば、学校は荒廃が進み、校内暴力や犯罪、学力低下で仕事の負担は大きくなるばかりと不満を爆発させています。果たして改革はうまくいくのでしょうか。