安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが体験を踏まえ現在の世界を読み解きグローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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 かつて中国は日本企業にも欧米企業にとっても大金を稼げる世界で最も魅力的に市場でした。ところが不動産大手、碧桂園や恒大集団の経営不振が象徴するように中国経済の減速が進む中、習近平政権は、ますます内向き政策を加速させており、世界のグローバル企業はリスク分散などに真剣に取り組んでいます。

 今年9月、ニューヨークタイムズのアレクサンドラ・スティーブンソン支局長は「中国はリスクに満ちている。では、なぜアメリカ企業は離脱できないのか」という記事を書きました。
中国はリスクに満ちている。では、なぜアメリカ企業は離脱できないのか?

 中国の今の状況は「心配事のリストは長い。西側企業に対する警察の強制捜査、高額な罰金、取引の破棄、データ転送の制限規制、広範囲にわたる対スパイ法により、ビジネスコストが増大している」と書きました。実際、中国赴任した外国人駐在員が帰国できない事態も起きています。

 それでも「18兆ドル規模の中国経済は危険をはらんでいるが、依然として無視することはできず、撤退も難しい。後退は、将来の世界的な競争相手に対して優位性を失うことを意味する可能性がある」と指摘しました。

 一方で世界第2位の経済大国を自負する中国に対して、単なる世界の工場や巨大市場という意味ではなく、国際社会に対してルールを守らせ、責任を増す状況を作り出すことが大国を暴走させない唯一の道という認識は共有されています。

 しかし、世界の現実はウクライナに侵攻したロシア、イスラエルのパレスチナ排斥戦争、中国の台湾進攻リスクなど、どれをとっても主権国家が他国や1部の自国民にプレッシャーを与え、ナショナリズムや民族主義に走っているのが現実です。

 その意味で、中国が世界が頼りにできる大国に変貌する可能性は、今のところ高くなく、むしろ露骨な社会主義拡散、覇権主義を前面に出し、世界の亀裂が深まる状況で、その本性を世界は見ています。「世界を支配する者が何でも思い通りにできる」という間違った認識が世界を危機に追いやっています。

 それに中国経済は世界と抜き差しならない関係を構築し、コロナ禍で見直されたサプライチェーン問題でも、中国抜きの変更は完全に無理な状態にあることは苛烈な競争にさらされるグローバル企業は皆知っています。

 米財界は米ウォールストリートジャーナル(WSJ)などの経済誌に「「中国での世界的な成功であり、米国の雇用拡大につながった」として、たとえ米中貿易戦争が激化しても、撤退の選択肢を考える外国企業は多くはないと指摘しています。

 ただ、政治的にはアメリカの対中政策は決してポジティブではなく、民主党も共和党も警戒感を強めている流れは変わりません。私個人は中国製品に対して厳しい規制をかける、良いものはいい、悪いものは悪いというアメリカ当局の姿勢は日本も見習うものが多いと考えています。

 

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 イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザへの本格侵攻を開始し、ガザ市民の犠牲者は1万人に達するのは時間の問題でしょう。私の見方はイスラエルの政治が極端に右傾化し、ポピュリズムに支配されたことに最大の原因がると見ており、それが出口を失う結果をもたらしていると見ています。
参考:東洋経済オンライン「日本人が知るべき反ユダヤ主義拡散の深い背景 安部雅延

 2022年12月下旬、イスラエル史上最も極右かつ宗教的な政府が発足しました。

 ネタニヤフ首相とリクード党が率いる政権は、連立を組むユダヤ教超正統派や宗教政党など連立6党で構成され、財務相として「パレスチナの村せん滅」など過激な発言で知られる右派「宗教シオニズム」のリーダー、ベザレル・スモトリッチ氏が入閣しました。

 閣僚の中にはヨルダン川西岸のパレスチナ自治区へのユダヤ人の入植を推進する政策を主張する人物は他にも多くいます。その中心にいるのが宗教シオニズムを掲げる極右政党の連合「宗教シオニズム/ユダヤの力」が2021年3月の選挙で議席を倍以上に増やし、発言力を強めたことです。

 シオニズムとは古代ローマ軍にパレスチナを追われて以来、世界各地に離散していたユダヤ民族が、母国への帰還をめざして起こした民族国家建設のための運動のことで、1948年のイスラエル共和国国家建国で目的を果たしたはずでした。

 ところが彼らが満足する国家は道半ばで、ユダヤ教を受け入れないムスリムのパレスチナ人がいる限り、ユダヤ国家とはいえないとする右派が、パレスチナ弾圧を繰り返してきました。同時に右派はユダヤ教の世俗化を嫌悪しており、ユダヤ国民に対する引き締めも行っています。

 ネタニヤフ政権が取り組む司法改革は、最高裁の判断を含む現在の司法のあり方をリベラルで世俗的過ぎるとする批判から生まれました。新政権は発足直後に司法制度改革案を国会に提出し、改革案の核となるのは、国会が過半数で最高裁の決定を覆すことができる「オーバーライド条項」です。

 これは民主的な共和国ではなく、イランやサウジアラビアのような政府の上に宗教がある国家を目指すことになり、三権分立を弱体化させる条項と批判され、法曹界だけでなく一般市民には懸念が広がっています。反政府勢力は今年1月から週末になると、テルアビブなど各地で大規模な反対集会やデモが行われています。

 ユダヤ教の価値観を全面に打ち出すネタニヤフ氏は、宗教上の理由によるLGBTQ+の人々に対する差別も擁護しており、イスラエルの最大の支援国アメリカの価値観とは相反します。自由と平等、公正さを重視するアメリカ、特にリベラルな価値観を追求する民主党にとって、宗教的価値観を全面に出すことには葛藤もあります。

 一方、イスラエルは 2023年6月に5,000戸の新たな入植者住宅を承認しましたが 、これらはパレスチナ領土内の他の入植地と同様に、欧州連合(EU)、国連も国際法違反と非難しています。

 そして7月、イスラエルは約2000人の軍隊を派遣し、  ヨルダン川西岸のジェニン難民キャンプへの大規模な襲撃で無人機攻撃を実施し、パレスチナ人12人が死亡、50人が負傷しました。これはつまり武力でパレスチナ人を排除し、入植を強力に進める行為で国際法に違反しています。

 背景には、イスラエルに流入するリベラルで世俗化した文化に対する危機感もあったと思われます。誰も指摘しませんが、ガザ近くで開催された一晩中踊りあかす音楽フェスティバルは、イスラム教徒だけでなく、超正統派にとっても嫌悪すべきものです。参加者の若者がハマスの人質になり、殺害されても、イスラエル、ハマス双方には嫌悪すべき若者たちです。

 異文化理解を妨げるのは固定観念や先入観と言われます。特に宗教の影響は非常に大きく、中でもユダヤ教、キリスト教、イスラム教は旧約聖書を共有する1神教で、それぞれが異なった世界観、普遍的とする価値観を持っています。

 しかし、その対立の多くは相手に対する偏見や先入観が影響を与えました。そのいい例が旧約聖書に出てくる報復的正義を象徴する「目には目を、歯には歯を」という報復の正当化理論や相手との優劣を固定化する選民思想です。だから、イエスは汝の敵を愛せよと主張し、旧約の野蛮を終わらせようとしました。

 今回のイスラエル軍によるガザでの無差別攻撃も「選民意識の強いユダヤ人は、パレスチナ人を人間以下の動物と思っているので、無差別殺りくに良心は痛まない」という指摘があります。ところがイスラエル国内でもパレスチナの一般市民殺害は即座に中止すべきと主張するユダヤ人もいて、むしろ支持する極右は多いとはいえません。

 日本人には馴染みの薄い聖書は、旧約聖書と新約聖書に別れ、神の救いの摂理を説いているわけですが、決定的違いは新約聖書がイエス・キリストを救世主とする教えを説いている点です。

 イエスを救世主として受け入れたのがキリスト教、イエスを予言者の1人とし、旧約聖書を中心としているのがユダヤ教、ムハンマドを最も偉大な予言者とするのがイスラム教です。神を創造主とする3つの宗教は、明確な世界観を持ち、それぞれがその教義の普遍性を信じ、人間の人生に大きな影響を与えてきました。

 とはいえ、生きていくことそのものが困難を伴った時代から、科学と産業化社会の到来で、科学的、合理的でない部分は説得力を失い、宗教の影響力は弱まり、特に西洋では世俗化が進んできました。家父長制による女性差別は平等主義に変わり、LGBTQ+も容認の方向にあります。

 これらの現象は、実は皆、旧約聖書に記録された内容に合致します。まず、旧約時代の神は神を否定する民族のせん滅を命令しています。モーセに与えた戒律を守らない人間にはむち打ちなど厳罰を与えています。今のイスラエル政府と似ています。

 一方、リベラル派の動きは、神の意思に逆らい、バベルの塔を建設したり、戒律を無視して肉欲などの享楽に走る神に滅ぼされたソドム・ゴモラの町に似ていると超正統派や、急進的カトリック右派、福音派は避難しています。ムスリムの間では、もちろんLGBTQは禁止です。

 つまり、歴史家が指摘する世界は国家や民族の勢力争いに明け暮れた19世紀に逆戻りしたというよりは、旧約時代に逆戻りしたように見え、せっかく積み上げてきた近代文明は滅亡の危機に晒されているように見えます。

 世界で起きる戦争に今後、ロシアや中国が参戦すれば、誰も利益を得ることのないカオスの世界大戦に発展する可能性も消えていません。そのため、今後、最大限、単純で偏った感情に左右されるポピュリズムを蔓延らせない努力が必要だと思います。


 

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 イスラエル軍が完全に封鎖されたパレスチナ自治区ガザの地上侵攻を開始し、子供を含む多くの市民が無差別に殺害されている映像が世界を駆け巡る中、世界中でパレスチナ支持、反ユダヤ主義が広がっています。
 
 欧州最大のアラブ系住民600万人と60万人のユダヤ系住民を抱えるフランスでは、仏ユダヤ人団体協議会によれば、連日、キッパ(ユダヤ人男性が頭部に着用)姿の男性が路上で脅迫を受け、ユダヤ人学校、シナゴーグ、ユダヤ文化センターなどに匿名の爆弾予告が寄せられているといいます。

 パリ当局によると、フランスのテロ対策警察は電車の乗客を脅迫した後、全身ベールに包まれた非武装の女性を射殺したことを明らかにしました。現場はパリ東部の13区、フランソワ・ミッテラン図書館駅近くを走る高速電車(RER)車内で、女性は「アッラー・アクバル」(神は偉大なり)と叫び、女性が警察の命令に従うことを拒否したため、警察官は8回発砲したといいます。

 全身ブルカに覆われた女性は、自爆テロの可能性もあると判断し、警官は腹部を撃ったとされ、重傷を負った女性は病院に運ばれました。当局によれば女性は2021年にもテロ攻撃を防ぐために配置された治安部隊を脅迫した前科があり、事件後、精神衛生上の理由で強制収容されたとされます。

 フランスでは今月初め、北部アラスの高校で、チェチェン出身のその高校の卒業生の若者が、学校前で「アッラー・アクバル」と叫び、同校の教師を刺殺した事件が起きています。

 フランスでは、ベルサイユ宮殿、ルーブル美術館などの観光スポットのほか、学校、空港、病院などへの匿名の爆弾予告が次々にあり、400人以上の逮捕者を出しています。ほとんどが未成年でイスラエルによるガザ空爆に反発する若者の嘘の予告です。

 すでにパリ、ロンドン、ベルリン、ローマ、イスタンブール、アンマン、カイロなど、世界各地でイスラエルを非難する抗議デモが起きており、ダゲスタン共和国ではイスラエルから到着した旅客機を襲う襲撃事件も起きています。

 ハマスに約1400人のイスラエル人を殺害されたイスラエル政府は、一定の成果が得られるまで報復的正義を実行するのは確実です。今の流れはハマスが高度な戦略を駆使しているようには見えず、さりとてイスラエル側が戦争の終結に向かう明確な出口戦略を持っているとも見えない状況です。

 周辺国は自国内で反ユダヤ感情の高まりが限界に達し、テロが起きることは避けたいところで、国益に集中した損得の判断に集中しているように見えます。

 ただ、中東は原油の世界への供給元になっており、すでに原油価格の高騰が始まっています。イランが今回の戦争に何らかの関与をすれば、日本も石油の補給路が絶たれる可能性もあります。その意味では他山の火事とはいえないでしょう。



 

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 『ブリュッセルの画廊に立つ大公レオポルト・ヴィルヘルム』ダフィット・テニールス 1651年

 かなり前の話ですが、日本のテレビで「料理の鉄人」という番組があり、視聴率も高かったと思います。知り合いの九州を代表する高級料亭の2代目主人と立ち話している時の一言が今でも忘れられません。

 その主人は、その番組について「誰だって最高級の食材とある程度の腕があれば、ある程度の料理はできますよ。われわれは限られた食材から最高の料理を作る毎日だから、そこから最大限の質を追求するからこそ本当にいいものが生まれる」といいました。

 実は私も絵を描き、美術評論を30年間書いてきた者としていえることは、自分に禁欲を課すことでいい作品が生まれることが多いということです。例えば10色の絵の具だけで描く、時間を制限する、モチーフが動物なら相手は動くし、自然は1日の中で変化し続けます。ゴッホは夕空を絵にしています。

 フランドルの絵描きたちは、小さなキャンパスの中で人の足の浮き出た欠陥や顔の汗まで描き込みました。バロック期のフランドルの画家ダフィット・テニールスが1651年に制作した油絵『ブリュッセルの画廊における大公レオポルト・ヴィルヘルム』は1メートル四方の小さな銅板の上に30枚以上の名画が描かれています。

 貧困も制約の1つです。資金がふんだんにあるからといって、素晴らしいものが生まれるとは限りません。あたらしいアイディアは豊富な資金や恵まれた環境から生まれるとはいえません。アップルもアマゾンも出発は家のガレージです。そんな環境から世界を変えるアイディアが生まれたことは見逃せません。

 前にも書きましたが私個人の経験で、朝子供が牛乳が飲みたいのに牛乳がたまたま冷蔵庫にない場合、自分を満足させる第2、第3の選択肢を考えさせることが重要だということを、フランス人の妻から学びました。

 実は日本人の多くは制限された環境に対して、忍耐して受け入れることが先にきて、自分を最大限満足させる工夫が軽視される傾向があります。運命を受け入れるより、逆境をチャンスとするメンタルが、特に日本の若者に欠けているように見えます。

 スポーツ競技の発達はわれわれに多くのことを教えています。スポーツ競技は全て制約から生まれているからです。サッカーは手を使えない制約、陸上は制限された距離で走ることを競い、ハードルを設けたりもします。勝敗を争うルールという制約こそが競技の面白さに繋がっています。

 しかし、制約があれば独創的アイディアが生まれるわけではなく、そこから最大限の成果を出したいという情熱や欲望が原動力です。この原動力を摘み取れば、先はないわけです。世界で最もイノベーションを繰り返すアメリカでは、その原動力を大切にしています。

 映画も無尽蔵な制作費で一大スペクタクルの作品を作ることで、失敗する場合もあれば、制限された低予算で高い評価を勝ち取った作品もあります。

 本当の禁欲でいえば、中世の修道画家、フラ・アンジェリコは天使、天界を描く天才でした。非常に制約の多い禁欲生活を送る修道僧が、天界の最大限の喜びの世界を描き出した私の好きな画家です。

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  天使を描いて右に出る者はいないといわれたフラ・アンジェリコの『受胎告知』1430年

 新しいアイディア、クリエイティブマインドが重視される時代ですが、制約の中で持続可能な発展をもたらすアイディアを絞り出すことが求められています。そのためには問題解決や最大限の満足を引き出そうとする情熱と精神的自由を保障することが重要です。



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「オーヴェル=シュル=オワーズの教会」フィンセント・ファン・ゴッホ作 1890年 ⒸMusee d’Orsay

 19世紀、画家が職人から芸術家に転換する先駆的存在の一人がオランダの画家ゴッホでした。しかし、依頼もなく売る当てもないのに画家自身の純粋な絵画への情熱だけで絵を描き続け、37歳の若さで自ら人生を閉じたゴッホが世界的巨匠の仲間入りしたことは謎に包まれています。

 西洋の芸術家は、19世紀半ばまで王侯貴族や裕福な商人、教会の依頼で制作を行い、その代価を得て生計を立てる職人的存在でした。依頼主である上流階級の人々や組織は、秀でた画家を抱えることを競い合い、そのおかげで芸術の質を高めてきた。文化は経済的繁栄に比例した所以でした。

 そこに今度は、自分の描きたいテーマを独自の表現方法で制作し、当時の影響力のある美術評論家などの嘲笑を浴びながらも自己主張し、その新しさに注目したパトロンや画商の支えで生計を立てる芸術家が登場したのは19世紀後半でした。

 この時代に活躍した芸術家の中には、純粋な芸術の創造性を追求するがあまり、市場での需要や商業的成功との両立ができない者も出てきました。ゴッホはその代表選手でした。普通なら諦めて職業替えしたはずですが、彼は画商で弟のテオに支えられ、生涯、画家を続けることができました。

 生前、1枚しか絵が売れなかった(諸説があるが)ゴッホは、死後100年を経て作品「ひまわり」に日本で58億円の落札価格がつくなどの巨匠の仲間入りをしたわけですが、その1つの理由は作品に込められた彼の暑い燃えるような絵心でした。

 生涯無名だったゴッホは市場ニーズに応じて作品を描く画家ではなく、パトロンの縛りもないことが、彼の個性を100%発揮する作品を生んだことが、西洋美術の大転換の時代に求められていたものだったことは確かでしょう。

 ゴッホの絵が売れなかった理由の一つに私見ですが、当時のフランドルの画家に対するフランス人のイメージには、非常に起用で考えられないくらい微細なところまで描き込む職人としてのイメージがあったことで、荒々しい絵のゴッホに違和感が持たれたこともあったと考えています。

 ゴッホは南仏アルルで同居していたゴーギャンと揉め、耳の1部を切り落とし、1889年に南仏サン=レミの精神病療養所に入所しました。翌年の5月、結婚して子供が生まれたばかりのパリの弟の家を経て都会の喧騒を避け、パリ北西郊外オーヴェル=シュル=オワーズに住むガシェ医師を頼った居場所が最後の居場所になりました。

 私も何度か尋ねたオーヴェル=シュル=オワーズは、今も自然に囲まれ、その姿を残しています。ゴッホは自殺するまでの2カ月間、74点の絵画と33点の素描を制作しました。

 オルセー美術館では、ゴッホが死の前に制作した「ポール・ガシェ医師」「オーヴェル=シュル=オワーズの教会」を含む、村の風景画、静物画、周囲の田園風景など絵画40点と素描約20点を展示した「オーヴェル=シュル=オワーズのヴァン・ゴッグ、最後の日々」展(2024年2月4日まで)が開催中です。

 最晩年のゴッホが、自殺する前の10週間になぜ100点もの絵を描いたのか。作品は売れませんでしたが、実は当時のピサロなど印象派の画家たちに評価されていたことは興味深いものです。

 同展では同時に兄を支援し続けたゴッホの弟テオの死後、多言語を操る妻ヨハンナ・ボンガー・ファン・ゴッホの役割の重要さを描いたドキュメンタリー映画も見ることができます。

 ヨハンナは夫、テオの死後、相続した全てのゴッホ作品と兄弟で交わした往復書簡をもとに、生涯をゴッホを美術界に認知させることに費やしたことが知られています。その情熱は、まるで神がゴッホのためにテオ夫婦や何人かの理解者を準備したというしかないほど、情熱に満ちたものでした。

 今でも残っている「オーヴェル=シュル=オワーズの教会」には、大きな帽子をかぶるオランダ人と思える女性が描かれています。生まれ故郷オランダの風景が重なっていたのかもしれません。

 いつも荒々しい筆跡の彼の風景画はオランダと似た日射角度に照らされた小麦畑の鮮やかな黄色と青く澄んだ空に包まれ、郷愁とともに彼の宇宙観が漂っています。他の進取の画家と異なり、画家の中で再構成されたものは知性よりも霊性によるもので絵を描く本質が何かを示してくれていると思います。

 いくら筆が早いといっても10週間に100点の絵画と素描作品を制作した背景に何があったのか、1枚も売れないことが分かっていても描くことに病的なまでに集中した心の底を、どう理解すべきなのか、その謎を掘り下げる展覧会です。


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 建国75年を迎えたイスラエルを取り巻く状況は、大きく変わろうとしている。建国以来、ナチスドイツによるジェノサイトにより封印されたユダヤ主義批判は、大きな岐路を迎えているように見える。

 背景にはロシアによるウクライナ侵攻によって、ロシアが国際法を無視して武力によるウクライナ支配を正当化していることで、冷戦後に構築された国際秩序が崩壊しつつあることが挙げられる。さらにグローバルサウスが存在感を増す中、アメリカが国際秩序維持のために機能しなくなったことも大きい。

 アメリカのユダヤネットワークや福音派の支援あってのイスラエルは、ジェノサイトの悲劇を掲げて同情を買う外交手法は通じなくなっている印象だ。

 それを象徴するのがイスラエルによって完全に封じられたパレスチナ自治区ガザへのイスラエルからの報復攻撃を正当と見なす声が弱まっていることだ。イスラエルを攻撃し、一般市民を多数含むユダヤ人が殺害されたことへの報復を行うイスラエルは報復的正義を主張するが、疑問が広がっている。

 イスラエル人が過去にない規模の攻撃を受けて殺害されたのは大量殺戮なのに、逃げ場を完全に封じられたパレスチナ自治区ガザの住民に向けて爆撃を繰り返すことを正当な報復というイスラエルのロジックは、過去のいかなる時代よりも説得力を失いつつある。

 これはイスラエルが突き付けられた新たな国際社会の現実だ。報復的正義、つまり、ユダヤ教が信じる「目には目を、歯には歯を」との理屈は、被害に比例した量の罰(報復)を差しているが、イスラエルで一般市民が犠牲になったからと言って、加害者でもないガザ市民を爆殺する理屈は成り立たない。

 国連でイスラエル大使が「ハマスはナチだ」と連呼しても共感する各国代表の数は極めて限定的だった。同大使は国連のルテーレス事務総長が「いかなる戦争でも、人権はその上に存在する」と述べたことに激怒し、事務総長辞任を求めた。イスラエル大使に同調する声は聞こえてこない。

 無論、バイデン米大統領がイスラエルに対してガザへの地上侵攻を遅らせるよう要求したが、攻撃延期はハマスに時間を与え、有利になる可能性もある。米民主党政権は過去に外交で多くの失敗を重ねており、人道優先だけでは世界が直面する現実に対処できない過去の経緯を考えると不安も大きい。

 重要なことは、ユダヤ人差別を長年続けたことからくるヨーロッパの贖罪意識やアメリカの支援で成り立っていた建国以来のイスラエルへの支援は、継続に疑問が投げかけられていることだ。理由は報復の正義でいえば、イスラエルも軍を動員して国際法に違反した入植事業を継続しているからだ。

 これを認めることは、ロシアのウクライナ侵攻もジュージア侵攻も、あるいは台湾への中国軍侵攻など、武力を用いたあらゆる領土拡大を正当化してしまうことになるからだ。オスロ合意による2国間共存には両者の信頼関係が不可欠だが、イスラエル国民の中にはパレスチナ人追放を今も訴える人は存在している。

 イスラエル国家建設に最大限貢献してきたヨーロッパ、特にフランスは自国内のアラブ系移民とユダヤ住民の対立が激化し、テロが頻発することを恐れている。来年夏にパリ五輪を控え、中東を歴訪したマクロン仏大統領は、2国間共存の協議再開を訴えた。

 イスラエルが理解すべきは、世界は大きく変わりつつあることだ。特にヨーロッパはウクライナとイスラエルの2面戦争を戦う体力は持っていない。最悪のシナリオであるイランが本格参戦し、第3次世界大戦になることは、絶対に避けたいところだ。

 G7で唯一イランにアクセスを持つ日本は、そのパイプを利用して交渉する道もある。ハイテク分野で関係を深める日本は、イスラエルに対しても強い懸念を伝えるべきだろう。シリア・イラク紛争でイスラム国(IS)せん滅を行った時のような国際協調の行動も求められている。



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 イスラエルの葛藤について、民族主義国家と民主主義国家の間で葛藤していると指摘する専門家もいます。つまり、イスラエルが民族主義国家ならユダヤ民族以外に対してナショナルベネフィットを提供する必要はなく、今のようにユダヤ民族ではないガザ住民に銃口を向けるのは正当となります。

 ところが民主国家なら、多様性は認めるべきで、イスラム教徒にも同じ社会保障が適応され、誰にでも公正な国家であるべきでしょう。いわゆる法による支配が政治による支配に優先されるわけですが、ネタニアフ政権は政治権力の優位性を追求し、ハマスによる攻撃前は抗議行動が絶えませんでした。

 ここで曖昧になっているのが、ユダヤ教とユダヤ人、ユダヤ民族の定義です。イスラエルに住む友人のユダヤ人は、ネタニアフ政権にも批判的でユダヤ教の信仰もなく、戒律も守っていません。彼らのいうユダヤ人やユダヤ民族とは、非常に広義です。

 例えばユダヤ教の信仰を守り抜く宗教的定義やユダヤ人の親または祖先から生まれた人々で一定の文化、習慣を維持している民族的な共同体に住むユダヤ人の場合、「民族」は人種を意味しません。白人も黒人もアラブ人にもユダヤ人はいます。彼らはユダヤ教徒でなくともユダヤ的アイデンティティを持つ人々で、私の友人もそのカテゴリーです。

 英国に住む知人女性は最初は普通に男性と結婚しましたが、そのうち自分が同性愛者だと気づき、ユダヤ教のラビに相談したそうです。ユダヤ教の教義としては許されていないのですが、彼女はユダヤ共同体に慣れ親しんだきたので、今でもその共同体の中に暮らすことに安心感があるそうです。ユダヤ教の世俗化現象といえます。

 つまり、ユダヤ人の歴史はあまりにも長く、ユダヤ民族の定義は信仰の括りだけでは語れない複雑さがあり、それを民族と呼ぶのは疑問が残ります。そもそもユダヤ教の原点は旧約聖書に出てくるヤコブが神と契約を結んだことに始まり、人種より契約を結んだ者がユダヤ民族でした。

 「あの人は鼻が高いのでユダヤ人」というのはユダヤ人が閉鎖的で傲慢なイメージがあるために言われだしたことで、人種的根拠はありません。ユダヤコミュニティーの中にはラビからマフィアまでいます。

 ですから、イスラエルと民族主義の関係は複雑で、少なくともユダヤ民族は人種ではありません。私が最初にイスラエルを取材した第一次湾岸戦争の時は、イスラエルに旧ソ連から大量にユダヤ人移民が押し寄せた時代で、国内では彼らに対する差別運動もありました。

 世界中からイスラエルに集まったユダヤにルーツを持つ人々の間には摩擦があり、権力の中枢を占める人々も出身国の影響による格差があります。彼らはあまりにも長い間自分の国家がなかったために、実は異文化に染まり世俗化し、異なった考えが存在するようになった背景もあります。

 最近、21世紀の社会主義を標榜する中国共産党は、愛国主義教育法を制定しました。中国は大半を占める漢民族が支配する民族国家で、だからこそ人種も民族も宗教も異なる新疆ウイグル族を弾圧し続けています。旧ソ連は連邦の周辺国にロシア人を大量に移住させ、そこで結婚もさせて統治能力を高めた歴史があります。

 ただ、私個人は、民族主義は時代に逆行する間違った考えと思っています。かつて韓国で朴槿恵大統領時代、彼女は民族主義の重要性を世界に説いて回りました。しかし、20世紀の2つの大戦は民族主義が引き起こした戦争であり、ヒトラーはユダヤ人の消滅のために民族浄化の大量虐殺を行いました。

 民族の優劣を強調する考えは愚かというしかありません。特に選民思想はアイデンティティ強化に役立ったとしても恐ろしい考えで、化石化した「支配するかされるか」の野蛮な思考と繋がっています。行きすぎれば民族浄化も正当化する超内向きで非人道的行動に走る最悪の考えにも発展します。


 

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パリレ・ピュブリック広場で2023年10月22日に行われたガザのパレスチナ人支援集会に15,000人集まる。仏パリジアン紙LP/Philippe de Poulpiquet

 2015年1月、フランスの風刺週刊紙シャルリー・エブド編集部が過激派のテロリストに襲撃され、その年の11月にはパリのバタクラン劇場など数か所で同時テロが起き、史上最大規模の300人以上が犠牲になるテロが発生しました。実はその年は小規模テロが10回以上起きていました。

 その前年、イスラエル軍の大規模なパレスチナへの軍事進攻が行われ、ガザ住民2,200人が犠牲となったことが、イスラム教のスカーフ着用を禁じ、在仏イスラム教徒の差別的政策を行うフランスがテロの標的となったとも言われています。

 2014年秋以降、エッフェル塔の匿名の爆弾予告など、今フランスで起きていることが起きていました。イスラエル情勢悪化は、欧州最大の600万人のアラブ移民社会と約60万人のユダヤ社会を抱えるフランスを直撃しています。そのため、街中にはラグビーのW杯中ですが、警官と兵士を町中で見かけます。

 長年、テロに悩まされてきたフランスは、何度もテロ対策法を更新し、ヨーロッパ内の他国との情報共有を強化し、危険人物の監視を続けてきました。国土治安総局(DGSI)の要監視リスト、Sファイル登録者は5,273人、さらに外国人の場合は滞在許可が取り消され、国外退去が命じられています。

 今年、テロ過激化防止報告書ファイル(FSPRT)に登録された89人、2017年以降は795人が国外追放処分となっています。さらにテロで有罪判決を受けて刑務所に収監されている人は390人、2018年以降に472人が釈放され、2023年に75人、2024年に41人、2025年にさらに37人の新たな釈放が計画されています。

 これらの釈放者は監視の対象となり、多くの場合、疑いのある行動を確認した場合。再拘留措置が取られています。DGSI の人員は50%増強され、現在 5,000 人のエージェントを擁しており、最新の技術的な手段をさらに強化しながら、テロ計画段階からつぶしていく方針が取られています。

 学校では教師が特別な研修を受け、おかしな言動を取る生徒に対して聖戦主義が拡大していないか監視しています。貧困と差別に苦しむアラブ系移民の未成年者がネット上から聖戦主義に影響を受ける現象は、この20年、深刻化しています。

 しかし、2015年以降、聖戦主義拡大、テロ組織による勧誘などの阻止によるテロ掃討作戦だけでは成果が出ていないことも認め、そもそも社会が分断され、イスラム系、アラブ系への差別がテロリストを生む温床になっていることから多面的な取り組みが重視されています。

 例えば学校での落ちこぼれをなくすための大学生による学習サポートが行われたり、学校内で生徒の精神面のサポートを行ったり、さらには子供が聖戦主義の影響を受けていると感じる親の電話相談窓口を設置し、早い段階で過激化を食い止める努力を続けています。地域社会にも相談員が配置されています。

 無論、対策の即効性はなく、地道な活動の積み重ねが必要です。キーワードはコミュニケーションであり、移民に無関心な態度を取らないこと、互いにリスペクトする教育などの普及が重視されています。

 テロの事前察知からテロ組織の壊滅も重要ですが、フランスの場合は、国内でそれもフランス国籍者の間で聖戦主義が拡散し、テロが頻発する結果を生んでいるわけで、権力で抑え込むだけでは問題の根本的解決にはならないのが現状です。
 
 

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 日本的経営の特徴の一つは組織に対する忠誠心です。そもそも組織優先の日本文化の中で儒教的影響もあり、リーダー(主人)に仕える下僕(しもべ)のような精神が働き、忠誠心は組織の目的に対してではなく、主人の意向にいかに従うかが重視されてきました。それが忖度文化も生んだといえます。

 最近、発表された米ハーバードビジネスレビューで、組織変革の世界的に知られたティモシー・R・クラーク氏の論文「率直な意見を言える組織へと変化する方法」の中で、世界中の組織の大規模調査で率直な意見を述べることは自分の評価や地位を脅かすリスクがあると考える人が多いという指摘がありました。

 日本のように「1つになる」ために自分の率直な意見は極力控え、全体の意見に自分を合わせる慣習が非常に長く続いた国ならともかく、欧米人も簡単には率直な自分の意見を述べることに躊躇するという話は、私の欧米での経験から分かっていたことですが、改めて言われると感慨深いものがあります。

 クラーク氏の主張は「ダイバーシティのシナジーを引き出すために会社が安易に率直な意見が言える環境づくりを深い考慮もなく口にするのは危険だ」としています。同氏は「率直な意見を言うこと」の最もリスクの高い上位6つの行動を以下に挙げています。

 1. 間違った返答をする。2. ミスをする。3. 感情を表現する。4. 反対意見を述べる。5. 間違いを指摘する。6. 現状に異議を唱える。

 クラーク氏は率直な意見を言うリスクに安全性を担保することなく、それを求めるのは保身を高めるだけと結論付けています。そこで同氏は4つのステップで率直に自分の意見が言える環境が効果を生むための方法を説いています。

 最初は、個々人の価値と評価を分けること、つまり、仕事上の個々人の評価とダイバーシティの基本になる男女や人種などによる差別化をせず、皆、同じ価値を持つことへのリスペクトを分けることです。職場では能力が重視され、一人一人が同等な価値を持つという考えは希薄になりがちです。

 次は忠誠と同意を区別することです。日本では組織のキーワードは「一つになること」です。和を持って尊しですから当然ですが、そこに潜むリスクもあります。クラーク氏は「忠誠とは同意を意味する。それもコミットメントを求めるのではなく、チームを黙らせて、従順を求める強迫的な同意だ」と書いています。

 「同意することが忠誠の条件になると、操作された従順を生み出す。これは忠誠ではまったくない」と同氏は指摘します。つまり、内心どう思っていようと組織に対する従順が優先されるだけで、忖度して従うということで、同意は軽視されている場合が多いということです。

 その他、「地位と意見を区別する」、「許可と採用を区別する」があります。私は注目点は日本でことさらに重視される忠誠心が偽物の可能性が高いことです。それは「リーダーの方針と一つとなろう」という言葉に現れています。日本ではリーダーは神になりやすいと言われています。

 忠誠と同意を区別するとは、組織には目的があり、リーダーと部下は、それを共有して働いているわけです。その核心は企業では利潤追求であり、そのためにどれだけ結果を生み出す戦略を立て、協働するかであって、同意なしの忠誠の強要は恐怖支配でダイバーシティとは縁のない話です。

 クラーク氏は「究極的には、忠誠と意見の相違が平和的に共存する時、率直な意見を言える文化が花開く」と書いています。上司の顔色を窺く偽物の忠誠は生産性を上げることには繋がらないというわけです。



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 私は中学生の時に父親に連れられ、広島の平和記念館を訪れ、焼けただれたマネキン、全身火傷の治療を受ける映像など、あまりの残酷な展示物にショックを受け、今でもその記憶は鮮明です。

 われわれは昨年2月24日のウクライナへのロシア侵攻以降、毎日、戦場の映像を見ない日はありません。無論、それ以前も例えばアフガニスタン、イラク、シリアなどの紛争の映像は目にしていましたが、これほど連日ではありませんでした。戦争・テロは規模によりますがニュースの報道優先順位トップです。

 とにかく戦争でもテロでも自然災害でも人が死傷すれば、優先順位は上がります。無論、国外の紛争に一切軍事介入しない日本の報道は極めて特殊で、新聞の1面トップ、NHKの19時のニュースの報道優先順位も国内問題が最優先で、先進国の中では報道は極めて特殊です。

 多くの日本に住む外国人が違和感を感じることの一つですが、われわれは、SNSを通じ、スマホで撮影された戦争の惨状を見るのは新たな現実です。パレスチナ自治区ガザの病院で17日に爆発があり、500人以上が死亡した悲劇も、現場にいたパレスチア人がスマホで撮影した現場の惨状は筆舌に尽くしがたいものです。

 米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は、ヘブライ語で「大丈夫。問題ない」とワッツアップで父親に送信した自身を映した動画送信を最後に殺害された例を紹介。「インバル・シェム・トブさん(22)はごみ置き場の中で、迫り来るイスラム組織ハマスの襲撃者から身を隠しながら、父親に送信した動画の中でささやくように伝えた後、殺害された」と報じました。

 今は、まるで戦場にリアルタイムで自分がいるようにスマホ動画を見ることができます。それも報道のように規制がかけられていらず、そこにはフェイク動画も散乱して、混乱を招いています。そのため、何が真実かもわかりません。

 いずれにせよ、戦争の瓦礫を見ない日はありません。コロナ禍で世界中の都市が無人のゴーストタウン化した映像と次々に死者が出る病院内の映像を目にしたわれわれは、多くの人が亡くなり、生活を奪われた瓦礫と化した町の風景が、日常になりました。

 当然ながら、子どものみならず、大人も心の傷を受けない保証はありません。毎日、広島、長崎の瓦礫映像を見せられているようなものです。映像のインパクトは言葉による情報伝達より強力で、ガザ近くの野原で開催されたベイブパーティの襲撃でもスマホで撮影された残酷な映像が拡散しました。

 それは予告なしにいきなり目に入ってきます。平和な日常に暮らすわれわれは心の準備なしに視覚に飛び込んでくる戦場の映像で心が痛めつけられています。むしろ若者はテレビゲームで戦場に慣らされているかもしれませんが、フランスで過激派組織の戦闘員の勧誘では、本物の武器を手にでき、実際に人が殺害できる体験ができると吹聴して戦闘員を集めています。

 私は、避けようのない戦争映像にどう向き合うか、いつも考えています。小さい時から悲惨な映像が記憶に残りやすい私は、若い時には、もうこの世界に住むのは無理だと思ったこともあります。そのため、私は一般的な日本人が信じる性善説を信じる気持ちにはならなくなりました。問題を起こすのは人間の愚かさです。

 ただ、自分ができることは極めて限られています。対処できるのは受け止め方でしょう。そのひとつが超ポジティブな事例に触れることです。さらに癒しの時間を持つことです。私はスペイン人の巨匠、ミロが戦後描いた悲惨な戦火の後、何もないところに昆虫や植物が活動する姿を描いた絵に癒しを感じました。

 東日本大震災の津波で瓦礫と化した道に花が咲き、蝶やトンボが舞う姿を見て、ミロの絵を思い出しました。その生命力の強さは人間も持っているはずです。私が蝶や鳥、花を描くのはそんな思いが込められているからです。



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 外国人旅行者1億人超えをめざすフランスは文字通り不動の世界トップの観光大国です。その間、何度もエッフェル塔はテロ組織によって爆破予告を受け、2025年には300人を超える犠牲者を出した大規模テロが起き、今年は年金改革反対抗議デモ、ラグビーW杯中の高校教師殺害事件でテロ警戒レベルは最高位に高められています。

 パリ中心部オペラ座にほど近いところで長年、美容院を経営している店主は、週末になると黄色いベスト運動の抗議デモで店を閉めらずを得ず、それが治まったらコロナ禍に襲われ、外出禁止令で商売ができず、それが終息したら、年金改革の抗議デモ、さらに今ではイスラエル・ハマス戦争の抗議デモと、「自分でも店を続けられているのが奇跡」と語っていました。

 観光でいえば、多くの飲食店がコロナ禍で店をを閉めざるを得ない状況で、コロナ明けでの外国人観光客が押し寄せる中、今度は人手不足で対応に苦慮する状況が続いています。

 仏経済紙トリビューンは、今回の観光ビジネスの状況について「2023年の夏のシーズンは、すでに良い兆しが見られた2022年よ​​りも少し良くなるはずだと政府は予想。それにもかかわらず、インフレとホテル料金の高騰により休暇の費用が上昇し、フランス人はヴァカンスに慎重にならざるを得なかった」と指摘。
 
 「したがって、彼らは海岸よりも山や田園地帯を好み、ホテルよりもキャンプ場や個人間のレンタルを好み、外出は特にレストランに限られ、滞在期間も短くなった。この夏は外国人観光客が大量に戻ってきたことも特徴で、今年は記録的な収入が見込まれる」と総括しています。

 同紙は「外国人観光客は2023年に最大670億ユーロをもたらす可能性がある」と書きました。日本の1.5倍といわれる外国人観光客がもたらす利益は莫大です。それでもフランスの全産業に占める観光産業がもたらす収益は1割を下回っています。

 では、テロでもコロナ禍でも暴動でも抗議デモでもフランスが持つ底力は何でしょうか。そこには日本人が見落としやすい観光ニーズの多様性があります。そもそもフランスで人気の高い南仏は、例えばニースのプロムナード・ザングレ(英国人の散歩道)のように、かつて英国の富裕層が開発した場所が多く、全て長期滞在型リゾートです。

 そこに太陽の恵みの少ない北ヨーロッパの人々が大量に訪れる状況は変わっていません。東南アジアでも、例えばマレーシアのペナン島は外国人富裕層が長期滞在型リゾートを求め、発展してきた世界的観光地です。アジアには帝国主義に時代に欧米列強によって開発されたリゾート地が多くあります。

 働きバチの日本人にはそもそも縁のない数週間の滞在が基本のリゾート地は、同時に別荘地帯であり、本宅をそこに移す人々も多いのが特徴です。つまり、多くの世界的な観光地の究極目的は魅力的な住環境を提供することで、そのための街づくりがされています。

 日本だと東京に近い熱海で老後を過ごす人はいますが、ヨーロッパではコロナ禍に生まれたデジタルノマド(リモートワークの移動型)が、ポルトガルやスペイン、南仏が人気を集めています。

 日本人の休暇の取り方は、せいぜい3,4日で、それも観光地を駆け足でめぐり、観光地見物と食べること、買い物することに集中し、近年、ようやく心と体を休めるとことを目的とするリゾート開発が進み、収益を上げ始めている観光立国元年に入った状態です。

 フランスは30以上の世界遺産、歴史遺産、多様で奥の深い食文化、世界的に評価の高いワインや宝飾、香水などの化粧品、モードなど観光資源になりそうなものが世界でダントツにあります。それらを日々磨きながら魅力を絶やさない努力を重ねています。

 数年前のグローバル観光企業の調査で、フランスは世界で最も接客態度が悪い国の汚名を着せられました。おもてなしを自慢する対極にあり、カフェやレストランの接客係の不愛想は有名です。にもかかわらず、年間1億人に迫る外国人観光客を集める理由は、心と体を休める町づくりを怠らなかったからで、それは国民も必要としていることだからです。

 いっぱい観光商材を並べて観光業を活性化するのではなく、訪れた観光地が「住んでみたい魅力」を放っているかどうかが重視されているわけです。つまり、温泉などの観光商材を利用して金儲けするだけの考えでは、持続可能な発展を実現する観光地にはならないということです。

 京都の町屋、金沢などの旧家が並ぶ街並みは、外国人にとっては住んでみたい魅力があるからです。生活の質を高めるより、働くことが重視されてきた日本では、考え方そのものを転換しない限り、1億人の観光客を集めるのは無理でしょう。

 私の郷里、別府では、他の観光地との差別化でクリエーターに住んでもらい、面白い街づくりをすると意気込んでいますが、全く主客転倒した芸能の世界の発想です。別府が住みたい町として魅力を放てば、結果として観光客も増えるわけで、クリエーターを客寄せパンダに利用するなどとんでもない勘違いです。



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 今、注目を浴びるイスラエルの過去の筆者の取材で政府関係者から聞いた話ですが、ナチスドイツによるユダヤ人迫害を経て、パレスチナの激しい抵抗に遭いながら、1948年に建国が実現した当時、世界から押し寄せたユダヤ人たちが、想像以上に世俗化していたため、政府はユダヤ教教育に力を入れたという話を聞きました。

 EUでは、何かと欧州委員会の方針に反対するハンガリーやポーランドは、EU加盟以来、西側諸国のリベラル思想が流入することを極端に警戒しています。リベラル思想とは伝統的なキリスト教の価値観に従った家父長制度、家族の価値観、LGBT禁止などです。

 フランスでは500万人を超えるイスラム教徒の大半が穏健派ですが、聖戦主義過激派は時として、同じ仲間のはずのムスリムを標的にしたテロを行っています。聖戦主義者から見れば西洋の堕落した文化(リベラルな文化)に毒され、伝統価値を守らない許しがたい存在と映るからです。

 最近、国民の中国共産党に対する忠誠心を強化する中国で、日本を含む外国企業のビジネスマンの渡航を控える動きが高まっています。理由は、幹部拘束や尋問も相次ぎ、中国からの出国を禁じられる例も増えているからです。外国企業誘致に力を入れながら、中国進出とともに共産党に合わない文化や思想が流入しないか警戒しています。

 日本も、もし大量の外国企業が進出すると同時にリベラルなアメリカ人が流入することで、アメリカが抱えるドラッグや様々な犯罪が急増することが懸念されます。新型コロナウイルス対策でマスク着用を呼びかけた程度で国民が従順に従った日本ですが、外国人が増えれば、欧米や東南アジアのように厳しい罰則を違反者に課すことになるかもしれません。

 同性愛が禁じられ、女性の自由が制限されているロシアでは、過激なフェミニスト運動を展開するグループが逮捕されたりしています。昨年のカタールでのサッカーのW杯では、同性愛者の入国を含むイスラムの戒律が問題視されました。

 一方でグローバル化とともに多国間主義が広がり、一見、世界はいい方向に向かっているように見られたグローバル化された世界は、実は各国が自分の国の価値観が危機に晒され、アメリカはトランプ時代に保身に走りました。グローバル化を推進したリベラル派は厳しい局面に立たされ、トランプ批判に集中しました。

 ビジネス活動と国の関係は、コロナ禍後の開放に向かう世界でも回答は見えていません。

 例えばジャニー喜多川氏の性加害問題も、敗戦後のアメリカスタイルのエンターテイメントが日本に大量流入する中、まさか欧米に比べ日本で超マイノリティーの小児性愛(ペドフィリア)が喜多川氏によって持ち込まれたことには絶句します。

 欧米社会で学校への保護者の送り迎えが義務化されている背景に小児性愛者の児童ポルノなどのために誘拐事件が多いことが前提になっています。日本では考えられないことでしたが、喜多川氏は戦後、アメリカ人在住者が住んだ代々木のワシントンハイツの住人でそこで、米兵から悪い影響を受けた可能性もあります。

 喜多川氏が戦後の混乱の中で、アメリカ兵から受けた倒錯した性行為の小児性愛を覚えた可能性は高いと見られ、最初はその被害者だったのかもしれません。喜多川氏はジャニーズのメンバーに年齢の上下などに関係なく、「君」で呼ばせました。これもアメリカのファーストネームで呼び合う文化そのものだったわけです。

 自由と平等を標榜するアメリカの文化はポジティブなものだけではありません。ジャニー喜多川氏はアメリカのエンターテイメントだけでなく、ショービジネスに巣くう恐ろしいほど汚れた慣習も同時に持ち込み、自ら実践したという見方もありうるでしょう。

 異文化の需要な新しい価値創造に欠かせないものですが、同時に社会秩序を乱す悪いものも流入するのが常です。どの国もグローバル化が進む中、伝統的価値を守る力とそれを破壊し、変化をもたらす力の中での葛藤が続いているように見えます。