JavelinTrain
 今月16日、鉄道発祥の地である英国で、日立製作所が手がける高速車両「クラス800」が都市間高速鉄道「IEP」で営業運転を開始しました。ところがその初舞台の一番列車でトラブルが続出し、40分も遅延し、現地メディアも異例の扱いでトラブルを報じました。

 トラブルはまず、トレインマネジメントシステムの立ち上げの設定の問題で出発時間が、その設定調整で約20分間遅れ、さらに車内のエアコンの水漏れが発生、水冷用の排水管の「逆流防止弁」の不具合で、一部社内が水浸しになりました。

 さらに電化区間と非電化区間の両方を走るため、走行中に無停止で切り替えを行えるはずが、うまく作動せずパンタグラフが上がらなかったために停止してしまい、結果的に終点のロンドンへの到着が40分遅れてしまいました。

 このトラブルを起こした第1号車には、クリス・グレイリング英運輸相など政府要人も乗り込み、現地の期待値が高かっただけに、重苦しい船出となってしまいました。当然、原因究明はされているはずですが、同車両には今問題になっている神戸製鋼のアルミ素材が使用されていたことで「日本の優れた品質に陰り」などと懸念の声も上がっています。

 この壮大な日立の海外での挑戦に多少関わった人間として、海外でのものづくりや運営に関わる問題を、私なりに考えてみました。一言で言えば、当り前のことですが、英国での鉄道事業の経験不足ということでしょう。

 細かい具体的な技術の問題は分かりませんが、自動車や家電製品を現地生産する日系企業は多いわけですが、鉄道事業は車両生産でも複雑を極め、その運行までの総合力が問われる事業で、それを国外に出たことのない日立の鉄道部門が初めて海外展開するという話です。

 たとえば日立は、2015年以降、イタリアの企業を買収するなどして英国とイタリアの現地工場で車両の最終組立を開始しました。当然、従業員は現地雇用され、部品も現地調達で現地で最終組み立てまで行う体制です。トラブル発生後、地元メディの中には「英国で組み立ててれば当然起きるトラブル」などのコメントも散見されました。

 それに鉄道事業の複雑さは単に作った製品を売るという性質のものでもないわけで、現地生産開始から3年しか経っていない中での営業運転開始でした。どの日本企業もグローバル展開した場合、資材や部品調達、製造プロセスの全てのオペレーションが日本と同じレベルではいかないことを経験しています。

 そこにはナショナルスタッフのスキル向上のための忍耐強い人材育成も必要ですし、製造の全プロセスで細かいマネジメントが必要です。日本人のスキルの高さに支えられて高い品質のものづくりをしてきた日本企業の多くは海外の生産拠点でナショナルスタッフの教育とマネジメントで苦戦しています。

 英国の鉄道事業を受注できたのは、車両の老朽化だけでなく、新車両の納期の遅れ、運行遅延の常態化の現状を脱するためで、優れた品質を誇る日本企業が選ばれたわけです。しかし、裏を返せば、現地企業の問題は人の問題でもあり、現場で働く英国人が産み出している問題とも言えるわけです。

 つまり、同じような現地スタッフを雇用し、同じようなマネジメントをすれば、結果は同じにしかなり得ない。どんなに優れた製造システムを導入しても人間が関わる部分での問題は常に抱えたままになるわけです。特に量産体制に入ったときに問題が起きやすいという現状を個人的に見てきました。

 それと最も重要なコミュニケーションとマネジメントが十分に異文化環境でできていないことです。現地の日系企業で生産に関わるナショナルスタッフからよく聞く話は「われわれは日本人ではないし、ロボットでもない」ということです。私の経験では、言われたことを忠実にあるいはそれ以上のレベルで実行できるのは日本人ぐらいです。

 そこで指導に立つ日本人の側のコミュニケーションスキル、マネジメントスキルが問われるわけですが、日本人の側が気づかない日本人独特のコミュニケーションスタイルやマネジメント手法を改善できていない場合が多い。優れた技術を持っていても、それを作り出す人間が入れ代われば品質は変化するわけです。

 今回の日立の問題も、私の勝手な想像ですが、経験値不足の中にナショナルスタッフだけでなく、パートナー企業や運行の運営に関わる他事業者との間のコミュニケーションスキルとマネジメントスキルの不足が含まれているように思っています。