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「テオのアパートから見た風景」 ヴァン・ゴッホ 1887年作


 エコール・ド・パリと呼ばれた時代、パリにはヨーロッパ中から多くの芸術家が集まり、西洋近代美術の一大潮流が作られたことは知られています。パリが芸術の都として定着したのも、そんな時代があったからですが、それ以前からヨーロッパを代表する優れた芸術の核となったイタリアとオランダの画家たちが、フランスを舞台に活躍したのも事実です。

 パリのプティ・パレ美術館では、18世紀後半から20世紀初めのパリに集まったオランダ出身の芸術家に焦点を当てた展覧会「パリのオランダ人、1789年から1914年まで、ゴッホ、ヴァン・ドンゲン、モンドリアン」展(5月13日まで)が開催されています。

 時代を遡れば、ヨーロッパ中世後期14世紀から17世紀にかけてイタリアと現ベルギー、オランダのフランドル地方は、芸術においては双璧をなす存在でした。時代は宗教改革期をまたぎ、教会権力者と王侯貴族が競って芸術において権威付けを行う時代でした。

 イタリアではフラ・アンジェリコやボッティチェリ、ダヴィンチ、ミケランジェロが活躍し、フランドルでは油絵の技法を完成させたファン・エイク兄弟やブリューゲル、ルーベンスなどの巨匠が生れ、両者は絵画技法において後世に大きな影響を残しました。

 そんな芸術の双璧であるイタリアとオランダの画家たちの作品をフランスのフランソワ1世が収集したことが、エコール・ド・パリの背景にはあったとも言えます。今回は18世紀後半からオランダとフランスの画家達の交流を再検証する試みですが、時代はフランス革命後の産業革命とナポレオン第二帝政で活気づくフランスを舞台に近代美術が花咲いた期間でもありました。

 まず、オランダからやってきたゴッホは、画家としての最盛期、短い生涯をフランスで過ごしました。南仏で描いた作品、最晩年を過ごしたパリ郊外オーヴェル=シュル=オワーズで描いた「オーヴェルの教会」の風景には、オランダへの郷愁が漂っています。

 生きている時はフランス美術界で相手にされなかったゴッホですが、死後、ポスト印象派を代表する芸術家として評価され、後身の芸術家に多大な影響を与えました。アルルに到着したゴッホは、ブルターニュのポン・タヴェンにいた友人、ゴーギャンに「アルルには日本の浮世絵のような美しい風景画ある」と手紙を送り、浮世絵にゴッホが傾倒していたことでも知られています。

 一方、19世紀末、オランダからパリに転居し、最初は風刺新聞や雑誌などの挿絵の仕事をしていたヴァンドンゲンは、ゴーギャン以降に開かれたフォービスムの画家として、エコール・ド・パリの時代に活躍した画家でした。女性像が多く、いかにも当時のパリの雰囲気を伝える都会的センスが漂う人気の画家でした。

 そして何よりもヨーロッパで抽象絵画の先駆的存在となったモンドリアンもオランダ出身で、世代でゴッホの影響を受けた画家でした。エコール・ド・パリの時代に生れたキュビスムなどの絵画に影響を受け、パリ滞在中に自らの方向性と画風を確立した画家です。

 モティーフを描き、額縁に入れて鑑賞する絵画ではなく、作品そのものが独立した存在であることを追求したモンドリアンは、その後のアメリカの抽象表現主義にも影響を与えた巨匠です。

 具象画を描かせれば、ヨーロッパで最も描写力を持つオランダの画家たちが、職人芸術を抜け出したパリの芸術シーンに影響を受け、過去にない作品を産み出した軌跡を知ることができる展覧会です。同展は、昨年10月から今年1月までオランダのアムステルダムとハーグで開催された2つの展覧会を再構成して実現したものです。

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