leadership

 いい悪いを別にして、日本と西洋の組織の決定的違いはなんですかと言われれば、組織に関わる人間の公私の境界線の線引きが西洋の方が明確ということです。同時にリーダーに対して、人間的な崇拝をすることはないということです。

 東洋では、たとえば権力を持つ指導者を公私の別なく崇拝し、慕い、服従する傾向が強く、その指導者の家族や親族に対してまでも忠誠心を示す傾向が強く、逆に西洋では指導者を尊敬し、服従することはあっても、崇拝することはなく、上司も部下も公私は分けられ、プライベートな部分に上下関係を持ち込むことは少ないと言えます。

 多少、文化的説明をすれば、キリスト教を根幹に持つ西洋では、人間は神の前にみな同じ価値を持つ兄弟という横の関係が基本にあり、それが基本的人権思想や民主主義のもとになっています。東洋では人格神がないために、生きた人間が信仰の対象になったり、家父長制度の家族の延長線上に組織を考えてしまう傾向が強く、兄弟関係より親子関係や孝行心が強調される傾向があります。

 組織を家族の延長線上に考えれる傾向は、日本企業の家族的経営、終身雇用を支え、古くは江戸や明治時代の商人の家での番頭と主人の関係を理想とするマネジメントが生き続けてきたわけです。これは終身雇用を基本に置く官僚制度のマネジメントにも生き続けていると言えます。

 しかし、なんでも年月が経つと、その精神や魂は同じレベルで維持するのは困難になるものです。なぜなら時代や環境の変化と共に人間も変化するからです。企業は家族的経営の行き詰まりから欧米のマネジメント手法を取り入れ、時代の変化に対応していますが、政治の世界は、その対応が最も遅れる傾向があります。

 企業は利益が出なければ、組織も個人も死活問題ですが、国は税金で運営され、関わる政治家や役人は経済的には保障され、権力が与えられており、国民に対しても上から目線です。シビルサーバント(公僕)という言葉がありますが、今の日本の官僚は政治権力者の下僕ではあっても、国民の下僕という意識は希薄です。

 政治権力者は国民から付託を受けているので、役人は政治家に従うことが国民の要求に答えると考えられがちです。しかし、そこに人間崇拝的要素や公私の別なく忠誠心を示す精神が入ってくると、国民への思いは消えていき、権力者の願うことであれば法律を超えて行動してしまうことも起きてしまいます。加えて官僚の優等生特有の完璧主義も加わります。

 欧米では今、アメリカのトランプ大統領は例外ですが、フランスのマクロン大統領は39歳で大統領に就任し、この20年の間、先進国の指導者は40代、50代で国のトップに立つことが多くなりました。東洋で世代交代が起きにくいのは長幼の序を教える儒教の影響が強いと言われますが、公私の別がないために組織での上下関係がプライベートの人間関係も支配するということも無視できません。

 この人間崇拝と公私の分別がないことが今、さまざまな組織で機能不全を起こしています。組織や指導者への忠誠心の強要が、その個々人の公的意識を削ぐ逆効果として働いていると言えます。しかし、この状態を脱するには、まずはリーダーの意識改革が必須です。

 機能しなくなった超日本的なマネジメント手法、リーダーシップに固守する政治家や、その下で働く働く官僚は、特に現状維持の危うさを自覚すべきではないでしょうか。

ブログ内関連記事
いい忖度、悪い忖度があるはず
中国の習近平崇拝政権に見る東洋の人間信仰統治
忖度文化が組織を弱体化させる