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フランスのデジタルアートの先駆的存在、エドモンド・クショとミッシャル・ブレに作品「Les Pissenlits」1989
copyright Edmond Couchot et Michel Bret, Les Pissenlits, 1989

 人口知能(AI)が人間の多くの仕事を奪っても、クリエイティブなものは人間に最後に残されたスキルという説に、一石を投じる企画展が、パリのグラン・パレ・ナショナルギャルリーで開催されています。題して「アーティストとロボット」展(6月9日まで)は、科学技術と芸術家の関係を問い直しています。

 AIを搭載したロボットがデッサンし、絵の具で描き、新たな作品を産み出し、さらにそれを複製することも可能にしている現実は、すでに存在しています。同展では1989年から2017年までに制作されたインスタレーション、絵画、彫刻、音楽、動的オブジェなど、コンピュータの技術的なプログラムによって制作された作品が展示されています。

 これらの作品を果たして芸術作品と呼ぶのかというのが企画の意図で、科学技術は、芸術家の持つユニークな想像力、知性、創造性にとって代わり得るのかという問いかけをしている。特に絵を描くこと、彫刻などの立体作品を作る技術は、ロボットの得意技です。

 産業革命と同時期、それまで職人であったアーティストは、作家固有の世界を発信する芸術家に移行していきました。たとえばフレスコ画を描く技術を何年も掛けて学ぶとか、日本画も最初の4から5年間は技法を学ぶことを費やされてきました。無論、モチーフを正確に捉えるデッサンの修行も必要です。

 ところが、それらの技法をAI搭載のロボットは簡単に行うことができる。過去の巨匠の名画もAIの高度なスキャナーで画家の全作品を細部に渡り分析し、筆使い、色彩、絵の具の使い方、テクスチャー、マチエール、構図など、ありとあらゆる画家の技法がデータ化され、ダヴィンチやレンブラントに新しい作品を描かせたらどうなるかということも今や可能です。

 展覧会に展示された作品は、ロボットによって制作されたもので、中にはデジタルフラワーのように展示期間中も毎日、成長し、姿を変えていくものもある。また、日本ではアミューズメント・スペースで採用されている作品の前に立つ人間の動きで、作品が変化するものもあります。

 果たして、これらはアートと言えるのか。AIは芸術家個人の創造性に取って代わってしまうのかを、まじめにテーマとした展覧会です。古代の洞窟から発見された岩の上に人間が描いたと思われる絵に始まり、人間は描き出す技術を発展させ、芸術に高めてきたわけですが、今は人間が造る意味そのものが問われているわけです。

 この新たな現実は、美術市場にも影響を与えかねない状況をもたらしている。世界に一つしか存在しない過去の作品の希少性は変わらないにしても、今後、AIを駆使して制作される作品と制作者との関係は希少性がなくなり、芸術性ではなく制作コストだけで値段が付けられる可能性もあります。

 映像を作り出すAIロボット、アンドロイドでアーティスト自身を再現する作品はすでに存在しており、AIを駆使した作品に高額な値が付けられる例もすでに存在している。人間が感動する要素を分析、データ化することで、感動を引き起こす作品の制作も可能というわけです。すでに新たなビジネスチャンスとしても注目されています。

 とはいえ、人間の心を完全にコピーするAIロボットができるのかは、今も答えはありません。それに人間が一切関与せずに制作された作品を人間自身がどう感じるのかも疑問もあります。むしろ、今後は芸術家の真価そのものが問われる時代に入ったというべきでしょう。

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