
この数年、ロシアやインドという大国でのビジネスが注目を集めています。インドも苦戦する企業は多いのですが、もともとアメリカと冷戦時代に対等に対峙したロシアでは、多くの外国企業が苦戦している話を聞きます。そのハードルの高いロシアで成果を出した人物に出会った話です。
大手自動車部品メーカーのグローバル研修を担当した際、受講生の中にアジアの某国の工場に責任者として赴任するA氏がいました。その人はロシアの生産工場をゼロから立ち上げ、軌道に乗せた実績を持ち、多くのロシア人従業員から慕われていた人物でした。
A氏は工場の立ち上げで、首都モスクワからは千キロ以上離れた異国の田舎町で、土地を見つけることから初め、現地の人の雇用と教育に直接関わった経験を持ち、言葉も文化も分らない中から、日本と同等の品質の製品をメーカーに送り出すレベルにまで引き上げ、高い実績を持つ人物でした。
そのA氏の苦労話を聞くにつけ、リーダーたる者の姿勢がいかに結果を左右するかを確認する機会ともなりました。例えば、報告や連絡、相談の習慣のないロシア人従業員に対して、その日本人は自ら現場に張りつき、常に声がけを行い、職場での訓練も自ら実践して見せ、丁寧な説明を繰り返し行ったといいます。
さらに心がけたことは、彼らの課題や疑問、希望をA氏自ら聞き出し、それに答える形で粘り強く指導を続け、個人個人に分かりやすい評価基準を示し、現場で徹底的に討論したといいます。ロシア人管理職は自分のポジションにこだわり、権威主義で自ら現場に立って指導する習慣は希薄です。
権力格差は大きく、結果、製造ラインで働く工員たちは、モチベーションが低く、最低限の労力で決められた仕事をこなせばいいというメンタリティになりがちです。それも時間内で終わらせればいいという義務感もなく、終業時間には仕事途中でも平気で帰宅してしまいます。
私は冷戦時代のロシアを取材した経験もあるので、その名残もあると思っています。当時は、自分に与えられた以上の仕事をすることは、馬鹿げたことのように思う人が大半でした。理由はいくら働いても、どんなに高い成果を出しても待遇は同じだったからでしたが、今もその労働意識は散見されます。
ロシアの田舎で操業を開始した日本の部品メーカーの工場のロシア人従業員たちも、最初は言われたことを最低限のレベルでやればいいという態度だったそうです。仕事をマスターしようという意欲も感じられなかったそうです。しかし、最終的には結果へのコミットメントもし、相談に来るなといっても来るぐらいの関係を築けたといいます。
権力格差は大きく、結果、製造ラインで働く工員たちは、モチベーションが低く、最低限の労力で決められた仕事をこなせばいいというメンタリティになりがちです。それも時間内で終わらせればいいという義務感もなく、終業時間には仕事途中でも平気で帰宅してしまいます。
私は冷戦時代のロシアを取材した経験もあるので、その名残もあると思っています。当時は、自分に与えられた以上の仕事をすることは、馬鹿げたことのように思う人が大半でした。理由はいくら働いても、どんなに高い成果を出しても待遇は同じだったからでしたが、今もその労働意識は散見されます。
ロシアの田舎で操業を開始した日本の部品メーカーの工場のロシア人従業員たちも、最初は言われたことを最低限のレベルでやればいいという態度だったそうです。仕事をマスターしようという意欲も感じられなかったそうです。しかし、最終的には結果へのコミットメントもし、相談に来るなといっても来るぐらいの関係を築けたといいます。
ロシアでは、高い品質の製品を決められた時間内に作るのは至難の業です。ところが日本から送り込まれたA氏は、自ら現場に立ち、たどたどしいロシア語を駆使しながら、なんとか人を育てたいという熱い情熱を持ち、その情熱が伝わり、いつしかロシア人たちが自分の仕事にプライドを持つまでに至ったというのです。
時には言い合いが喧嘩に発展することもあったと言います。日本人としても小柄な彼にとって、肉食系の強靱な肉体を持つ巨人との言い争いは簡単でなかったと言います。しかし、何より日本人が苦手とする感情を伝えることに成功した希有な日本人でした。
日本人は、決まりやルールが先にあると考えがちですが、意味も理解できないで形式的に実践する国民は、海外にはいません。最初はできないのは当り前で、いかに忍耐強く育てるかというのがグローバルリーダーにとっては非常に重要なことです。そこには気の遠くなるような忍耐が要求されます。
しかし、A氏は、それでも諦めずに続けることで、その情熱が伝わるようになった好例です。当り前のように見えますが、実践するのは極めて難しい。しかし、彼は継続することで、グローバルな現場で働くのに必要な異文化耐性を身につけ、成果をだしたわけです。世界の企業は今、A氏のような人物を探しています。
日本人は、決まりやルールが先にあると考えがちですが、意味も理解できないで形式的に実践する国民は、海外にはいません。最初はできないのは当り前で、いかに忍耐強く育てるかというのがグローバルリーダーにとっては非常に重要なことです。そこには気の遠くなるような忍耐が要求されます。
しかし、A氏は、それでも諦めずに続けることで、その情熱が伝わるようになった好例です。当り前のように見えますが、実践するのは極めて難しい。しかし、彼は継続することで、グローバルな現場で働くのに必要な異文化耐性を身につけ、成果をだしたわけです。世界の企業は今、A氏のような人物を探しています。
A氏は言いました。「日本本社とは何度もぶつかり、言い合いもした」と。本社が示す目標は現地の現状を理解していない場合が多く、対立は日常だったそうです。それでもA氏は高い目標を見失うことも、情熱を失うこともなく、現地で信頼関係を構築し、粘り強く人を育て上げ、結果を出しました。
自ら現場に立ち、見本を示し、部下の言うことに耳を傾け、それに誠実に答えながら、的確な評価を行い、情熱を伝え続ける姿勢は、グローバルリーダーだけでなく、全てのリーダーに必要なものといえます。
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