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 米ワシントンに駐在する英BBCの北米担当エディタ、ジョン・ソペル氏のトランプ米大統領へのネガティブ報道は、時に常軌を逸していると感じることもある。無論、本来共和党寄りの米ABCのトム・ヤマス記者も大統領選期間中、トランプ氏にいじめられ、ネガティブになりがちでしたが、ソペル氏の比ではありませんでした。

 今、かつてないほどトランプ政権と欧州の政界の関係は険悪化しています。米ウォールストリートジャーナル紙も、そのことを指摘していますが、「フリーダムフライやイタチの枢軸以来だ」と書いています。

 2003年のイラク戦争時にフランスが最後まで反対し、アメリカでフレンチフライをフリーダムフライと呼んだことや、仏独がイラクへの軍事侵攻に最後まで反対した時にイタチの枢軸とアメリカが呼んだことを意味しますが、その時以来の大西洋両岸の関係悪化だというわけです。

 実は、30年近く前にパリに移動した私は、日本では意識していなかった大西洋を挟んだアメリカとヨーロッパの長い歴史的関係を再認識させられました。つまり、第2次世界大戦で日本が世界史に浮上するまで、国際政治も経済も環大西洋を中心に動いてきた現実を思い知らされたということでした。

 21世紀に入り、その様相は大きく変わろうとしていますが、トランプ政権の登場で本当の意味でアメリカと欧州の関係はリセットの時期を迎えているようにも見えます。それもイラク戦争の時と異なり、特別な関係にあるはずの英国までもトランプ氏への嫌悪感を露にしていることは注目すべき点です。

 最近ではトランプ氏が決定したイラン核合意の破棄があります。英仏独など欧州連合(EU)諸国は、トランプ氏の決定を非難し、イラン合意の維持を確認したばかりです。国連安保理の常任理事国である米英仏中口+ドイツで長年、イランとの交渉で積み上げてきた結果としての合意からの離脱に納得がいかないわけです。

 結果的には、イランと取引をする欧州企業に制裁を科す決定を下したことは重大な裏切りであり、アメリカの下した決定は、国益のために欧州とイランの通商を阻害し、同盟国や友好国のすることではないというわけです。それに大国の責任という観点からも規範に欠けた行動と批判されています。

 アメリカの態度は、今や世界第2位の経済大国を自負する中国が、自国中心の覇権主義で外交や軍事、経済政策を実行するのも容認してしまうことに繋がる深刻な間違いという話にも繋がっているといえます。

 イラク戦争の時との違いは、当時はブッシュ政権が旗を振ったイラク侵攻にフランスのシラク大統領が強く抵抗し、ドイツも反対したことから、アメリカ国内で起きた反欧州感情だったわけですが、今回はトランプ大統領が出す次から次の想定外の外交政策に欧州が反発し、欧州内にトランプ政権への嫌悪感が拡がっていることです。

 そのためもあってか、欧州のアメリカ離れが始まり、ウォールストリートジャーナルは、欧州は「長期的には米国からの独立色を強められる方策を積極的に探している」と指摘している。

 その一方で同紙は、オバマ政権下で合意した内容について当時、「米国憲法の関連条項をチェックし、米議会の空気を感じ取り、米国がそうした合意を恒久的に受け入れられるだけの政治上・憲法上の権限をオバマ氏が持っていないことに気付くべきだった」とも書いています。
 結果としてトランプ氏の決定は欧州との関係悪化に繋がってはいますが、合意からの離脱決定は同盟国を見捨てるものでも同盟国の願いを拒絶するものでもないし、むしろ中東ではイラン寄りのオバマ政権の裏切りを元返す意味で支持されているという見方もあるわけです。

 実は欧州では昔から、英国の左派の労働党よりはフランスやドイツの保守の方が左寄りといわれています。その意味ではアメリカの共和党は大陸欧州の政治文化からすれば、極右に匹敵する遠い存在です。その中でオバマケアを導入したリベラルなオバマ政権が唯一、欧州が理解しやすい存在だったといえます。

 しかし、そのオバマ政権時代にシリア情勢は悪化し、イスラム過激派組織、イスラム国(IS)を産み、中東諸国との関係は悪化し、北朝鮮への無関心から、確実に核開発を推進させ、核武装の成功に繋がった現実もあります。

 欧州は今、トランプ大統領への不信感を募らせ、ドイツのメルケル首相は何度も露にトランプ批判を行っています。しかし、果たして欧州のアメリカ離れは世界的に見ていいことなのかといえば、欧州とアメリカとの深い経済的な関係は、今もグローバルな繁栄の一助になっているし、モラルを欠く中国の経済政策の牽制にもなっている。

 つまり、誰が欧州とアメリカの古い同盟関係を崩したいのかといえば、中国とロシアであることは確かだとういうことです。冷静沈着で長い歴史的知性の遺産を持つ欧州は、今後もアメリカには必要だと私は思います。世界は警察官だけを必要としているのではなく、調停者や公正に裁く裁判官も必要です。

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