フランス人とのハーフの5人の子供を育てた私の経験からすれば、日本人はどうして日本人になり、アメリカ人はどうしてアメリカ人になるのかといえば、それは自分の子供を育てるときに、親は自分が親から育てられたように本能的に子を育てようとすることの影響が極めて大きいといえます。

 日本を含む東洋は西洋に比べ、精神論重視といわれ、日本軍が強かったのも精神文化によるところが大きいと教えられてきました。企業は新入社員を極寒の山奥に連れて行き、滝に打たれたり、座禅を組んだりし、毎朝、朝礼で社訓や自己目標を、皆の前で叫ばせたりする企業は今もあります。

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 しかし、このような軍隊式、仏教的な鍛え方が成果を出している現実は少なく、むしろあらゆる組織が「心の鍛え方」で壁にぶつかっているのが実情です。私は何も厳しくすることそのものに疑問を呈しているのではなく、厳しいさに科学的根拠や普遍性があるかどうかに注目しているのです。

 日大アメフト部の悪質タックル問題で浮上した監督やコーチが部員に強要していたのは、古い日本的鍛え方ですが、この議論で語るべきは、たとえばラグビー日本代表チームを世界的レベルに押し上げたエディー・ジョーンズ、ヘッドコーチのやり方です。選手たちはジョーンズコーチの厳しい練習に時に恐怖さえ感じながらも確実な成長と成果をもたらしました。

 ジョーンズ氏は目的は「勝てるチームを作ること」だと言い切り、日本のやり方は「精神性や伝統を重んじる一方で、科学的な発想が不足している」「上意下達の命令形で、指導者に何か言われれば、(選手は)『はい』と従順に答えるが、実は分かっていない」などと指摘している。

 ジョーンズ氏の指摘で思い出すのは、かつてサッカーの日本代表監督を務めたフランス人のトルシエ監督が、「代表チームの中で世界のステージで精神的に耐えられる選手は4人くらいしかいない」といったことです。日本人は身体は小さく、体力もないが精神力は世界有数という神話を否定する発言でした。

 ジョーンズ氏を知る人の証言では、コーチングやトレーニングの仕方、選手への接し方、叱り方、若手を抜擢するポイントなど、あらゆることを非常にロジカルに考え、実行に移しているといわれています。実はこれは欧米のビジネススクールでも応用されている方法論です。

 東南アジアに進出した日本企業は、現地職員が「はい、わかりました」という言葉が、まったく信用できないことに遭遇し、苦戦しています。ハードルの高い異文化の中でも、一方的に叱って現地職員に辞められる例は少なくありません。

 問題は相手に意図が伝わっているかどうかという中身の問題なのですが、「分らない方が悪い」と言わんばかりの指導者は少なくありません。日大アメフト部のコーチが試合に出さないなど、悪質タックルをした選手を精神的に追い込んでいったのも「鍛えるため」と正当化していますが、実は本人には逆効果だったということです。

 そこで思うことは、スポーツの世界に限ったことではありませんが、日本人の人間観の限界です。それは人間一人一人をどれだけ価値視しているかということです。つまり、弱いとか強いとか、能力の有無に関わらず、誰にも人間としての尊厳があり、それを互いに尊重するという精神の欠落です。

 厳しさには目的とロジカルな根拠が必要です。厳しくするという方法が目的化しては意味がありません。しかし、実は日本では、リーダーの資質やリーダーシップを科学的に学ぶ教育機関はありません。だから普遍性を持ったリーダーシップは存在せず、世界に通用するリーダーは育っていない現実があり、そのリーダーシップは今や若い世代にも通用しなくなっています。

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