system-1527687_960_720

 アメリカのトランプ大統領に象徴されるように、加速しすぎたグローバル化にブレーキをかける自国重視の経済政策をとる動きは、世界の貿易及び産業構造に大きな変化をもたらしています。たとえばA国やB国で部品を調達しC国で製品を完成させ、D国に輸出するというのは当たり前になっていましたが、企業は再考を促されています。

 企業は労働力やインフラ、ノウハウを得るのに最適な場所に生産の各工程を割り振り、現地生産強化に数十年も費やしてきたのは、自由貿易の恩恵を利用してのことでした。さらに中国を初め、成長するアジア諸国市場などでは、現地生産、現地販売も加速し、単に途上国を世界の工場として利用するだけでなくなっています。

 アメリカのプライドを象徴するバイクメーカー、ハーレーダビッドソンが、欧州連合(EU)の報復関税を避けるため、生産拠点を移す決定をしたことは、アメリカに生産拠点を戻すことを奨励するトランプ政権の怒りを買っていますが、現実には多くの企業が検討を始めていることでもあります。

 実は、トランプ氏を嫌っている欧州諸国、特に英国は皮肉にもトランプ政権の自国第一主義を一歩先駆けて踏み出した国です。EU離脱交渉の要である通商交渉は、英国が考えるような現状維持に近い関税障壁なしとはいかない状況です。

 離脱反対派が最も恐れたのは、関税障壁で英国に生産拠点を置く多くのグローバル企業が、大陸欧州に移動してしまうことでした。欧州の航空機大手エアバス社は先週、英国のEU離脱で同国事業が頼りにするEUの共通規制基準と域内での部品の自由な調達が滞る可能性があるとして警鐘を鳴らしたばかりです。

 多くの企業が必要としている国際的サブプライムチェーンも関税障壁に晒され、再編が進められていますが、6月27日付けの米ウォールストリートジャーナル紙は「グローバル化の反転、聞こえる耳障りな音ー貿易障壁でサプライチェーン崩壊」の記事で、消費者への影響を指摘しています。

 つまり、「現地生産に向けたサプライチェーン再編による雇用は増加と減少を差し引きすれば総数に変わりなく、結果的には値上げと選択肢の減少に消費者は直面する」と指摘していますが本当でしょうか。

 国際的サブプライムチェーン構築には、貿易障壁が低くなり、輸送コストが下がったことが大きく影響しています。日本の自動車メーカーがタイに生産拠点を置いている理由は、タイから東南アジアへの輸出に関税が掛からなくなったからです。北米自由貿易協定(NAFTA)など多くの国際経済協定は貿易障壁を低くし、経済界は歓迎してきました。

 経済的合理性が推し進めてきたグローバル化の背後では、世界はこれで一つになるのではという期待感もあったわけですが、その恩恵はほんの一部の人々にしか行き渡らず、その不満の爆発がポピュリズムなど今の世界の政治状況を作り出しているといえます。

 企業は単純に、より安価に高品質なものを市場に提供するという原則に従っただけといえますが、実は劣悪な環境で先進国では想像もできない低賃金で働かされる人々や生産拠点の海外移転で職を失う先進国に暮らす人々の犠牲を無視した行動が、多くの政治危機を産んだのも事実です。

 ウォールストリートジャーナル紙は「グローバル化が米労働者にマイナスだとの見方はよく聞かれるが、実際にはそれほどではない。単純労働は確かにアウトソースされているものの、リサーチやマーケティング、デザインといった付加価値の高い仕事は米国に集まっている」と指摘します。

 しかし、アメリカ人は高度な仕事だけすればいいというのは暴論で、世界で最も裕福なアメリカにも多くの単純労働者は存在するし、どの国の国民にも能力でバラツキがあり、誰もが高報酬を得られる高度な仕事に就けるわけではなく、むしろ、経済植民地主義的な傲慢な考えだともいえます。

 私は30年前からミシガン州などで、アメリカと日本の自動車産業の動向を取材していますが、30年前、アメリカの自動車産業の衰退で、繁栄を享受していたフォードやGMで働く富裕層が住んでいたデトロイトの豪邸を黒人たちが数家族でシェアし、ボロボロになっている姿は、今も強烈に記憶に焼きついています。

 トランプ氏が、アメリカで販売する製品の現地生産比率を上げるよう多国籍企業に迫っているのは、中国やインドやその他の国が既にやっていることを真似しているだけとの指摘もあります。しかし、トランプ氏の主張は、今の状況で誰が得をし、誰が損を被っているかをはっきりさせたいだけだともいえます。

 しかし、いずれにせよ、安価で高品質な製品を手にする幸福以上に、人間はもっと違った本質的な幸福を求めているのも事実です。経済合理性には、常に自己利益優先の悪が入り込むリスクがあります。それが中国のように国家ぐるみだったりするわけですから、もっとそのリスクに敏感になるべきでしょう。

ブログ内関連記事
ポンペオ米国務長官が語る壊し屋ではないトランプ米大統領の世界観とは
ハーレーダビッドソンの生産拠点海外移転は終わりの始まりなのか
虚を衝くトランプ外交が世界の矛盾をあぶり出す
後戻りできない英国のEU離脱、未だ悲観論は消えていない