英国での話です。これは某大手電機メーカーの研修時に出た話題で、2度目のロンドン赴任となる中堅社員が過去に経験した苦々しい経験を話してくれました。8年以上前の出来事ですが今でも悪夢にうなされることがあるといいます。

 仮にその経験をした人物を男性Aとします。Aさんは、ロンドンで仕事中、同じ会社の前任者の先輩者から電話を受け、「自分がロンドンにいた頃、ウィーンで仕事で知り合ったオーストリア人がいて、彼が今失業中らしく、うちの会社で雇ってくれないかと相談されたんだ。雇わなくてもいいから会ってくれないか」と頼まれたそうです。

 Aさんにとっては、かなりの先輩で、日本本社で次長に昇格している人物の頼みだったので断るわけにもいかず、引き受けたそうです。しばらくして、そのオーストリア人からメールが来たので「雇うかどうかは、まったく保障できないが、それでも良ければ、ロンドンに来てください」と返事したそうです。

 そのオーストリア人は数日後に履歴書を持ってロンドン支社に表れ、面談したそうです。Aさんは提出された履歴書や経験を聞いた後、「わが社は今、英国にしか支社がないし、あなたに適したポストはなく、人材募集もしていないので、残念だが難しい」と答え、帰ってもらいました。

 ところが数日後、そのオーストリア人から手紙を受け取り、ウィーン・ロンドン間の交通費、ロンドンでの宿泊費など全ての経費を領収書のコピーを同封の上、支払うよう要求したきたそうです。驚いたAさんは、すぐに日本にいる依頼主の先輩に電話しましたが、できる範囲で対応するようにと無責任ともとれる、つれない返事でした。

 そこで経費の支払いを要求しているオーストリア人に「申し訳ないが、今回のケースで経費をこちらが負担することはできない」とメールしたところ、「そちらが会うからロンドンに来てくれといわれたから行ったのだから、経費はそちらで払うべきだ。拒否するなら法的に訴える」という強い返事が来たそうです。

 Aさんはパニックに陥り、どう処理すべきか、悶々とした日々を過ごし、結局、自分では判断できず、現地で自分より滞在期間が長い同僚に相談しました。すると会社の弁護士に処理を頼むしかないといわれ、弁護士に相談したら、弁護士は会社が経費を負担する義務がなく、不満なら訴訟の場で争うという手紙をオーストリア人に書いてくれたそうです。

 最終的に、そのオーストリア人は「非常に残念でがっかりしているが、今回は要求を断念する」という返事をもらい、一件落着したましたが、Aさんにとっては後味が相当悪かったようで、忘れられない経験になったといっています。

legal moral

 Aさんのケースで、もしAさんに落ち度があったとすれば、旅行経費はオーストリア人持ちであることを事前に口頭ではなく、メールで文章に残す形でAさんは伝えなかったことでしょう。同時にアメリカほどではないにしろ、訴訟社会のヨーロッパでは、駄目もとで交渉してくることが多いということを認識しておくべきです。

 そのためにも文章で残しておくことは非常に重要ですし、問題が起きた後のマネージメントとして「法には法を持って望む」という基本姿勢で、弁護士を使うことです。Aさんが後味が悪かった理由の一つは、会社の弁護士に依頼したことで、弁護士への支払い費用が生じたわけですが、傷口を最小限に抑える手段としては正しい判断です。

 日本人は、このような状況にまったく慣れていないだけでなく、同じような価値観を共有しているために、暗黙の了解で動いてしまう傾向があります。しかし、それではリーガル社会で生きてくのは難しく、人間同士の信頼関係だけで事を収めることはできません。

 多かれ少なかれ、仕事上で海外赴任者は同様な経験をしており、今まで数知れず似たような経験談を聞かされました。訴訟など日本の日常生活で馴染みのない状況に陥ることでパニックを引き起こしがちですが、自分を守るための方法を日頃から実践する必要があります。

 同じ価値観を共有していない多文化環境では、頼れるのは法だけという側面もあります。常識に頼り、ルールに対する暗黙の了解で行動することは危険です。セクハラ訴訟も増える時代、自分の正当性を確保するための心がけが必要といえます。

ブログ内関連記事
アメリカで日本企業が冒す労務管理の失敗を未然に防ぐ方法
今年はセクハラ防止運動元年になるかもしれない
邦人駐在員を襲う上海のハニートラップ、セクハラ、浮気が家族崩壊を招く