おそらく2018年の年末を襲うメガ級のニュースとなったのが、日産・ルノー・三菱連合を率いるカルロス・ゴーン氏の逮捕といえるでしょう。日本だけでなく、フランスを初め、世界中のメディアがゴーン氏逮捕を速報で伝え、すでに逮捕当日にはルノーの株価が急落を始めました。
マクロン大統領も訪問先のブリュッセルで会見し、「慎重に推移を見守りたい」としながらも、ルノー株15%を所有するフランス政府として「フランス政府はルノー・日産・三菱のグループの安定を全力で支える」と語り、雇用面で拡がる不安の払拭に追われました。
10年以上前から日産でグローバル研修を担当してきた私としては、複雑な思いもありますが、このニュースで、私の脳裏に浮かんだのは、今月8日に同社フランス・モブージュ工場の先進トレーニングセンターにマクロン大統領を迎えた時に起きた小さなトラブルです。
意気揚々としていたゴーン氏の目の前で、同工場の組合職員が、不人気のマクロン氏の政策批判を始め「日産には感謝しているが、あなたの政策には我慢できない」と叫んだことでした。日本的感覚ならありえない光景ですが、自己主張の激しいフランス人ならではの大統領を目の前にしての批判に、ゴーン氏は顔色一つ変えませんでしたが、内心は穏やかでなかったはずです。
このトラブルからわずか10日後、ゴーン氏が逮捕されるとは誰も想像していなかったことですが、悪い予兆だったと考えるのは私の考えすぎでしょうか。
仏最大の日刊紙フィガロは、同件をルノー側が「全く知らなかったようだ」と報じ、仏日刊紙ルモンドは「日産を救済し、日本ではスターのような存在だった」としながら、ゴーン氏の法外の報酬について「日本で最も高額なカテゴリーに入っていた。フランスでも何度も議論の的になった」と指摘し、ゴーン氏の高すぎる報酬が、フランスでも問題視されていたことを報じました。
有価証券報告書にウソの記載をしたとして金融商品取引法違反の疑いで日本到着後、身柄を拘束され逮捕されたゴーンにはリオ、ベイルートなどの高級住宅購入で会社の投資資金や経費の私的不正使用など、複数の容疑がかけられています。日産は取締役会で解雇提案を出す方針だとしており、ルノーや三菱も今後、同じような動きを見せる可能性が濃厚と見られています。
私の拙書『日本の再生なるか』でも書きましたが、ゴーン氏はまさにグローバル時代の落とし子的存在として、世界のビジネススクールでも、グローバル企業経営者の教科書的存在でした。最新の数字でも日産は売上台数でトヨタを抜いて世界第2位に躍り出て、ゴーン氏の手腕と称賛されました。
ルノーは倒産寸前の日産として資本提携し、ルノーの副社長だったゴーン氏がCEOとして送り込まれたのは今から19年前、彼は若干45歳でした。リバイバルプランによるV字回復、ルノーのCEOにも就き、さらには日産傘下に入った三菱自動車のトップも兼任し、実績を伸ばしてきました。
しかし、一言でいえば、日産の19年間は長すぎたという印象です。ゴーン氏の下で社長を務める西川社長は19日の会見で、ガバナンス問題を強調しましたが、そもそも日本の風土として、倒産寸前の日産を建て直し、世界2位の自動車メーカーにまで押し上げた人物への恩を考えれば、ゴーン氏には何も言えない空気が定着していたことは想像に難くありません。
報恩思想が弱い欧米なら、雇われ経営トップと経営陣の関係には緊張関係があるわけですが、私はゴーン氏と経営幹部の関係は、終戦直後のマッカーサーと日本政府の関係に似ていると思います。勝利したアメリカは日本に対して、彼らの権限を最大限行使する強気の姿勢でしたが、日本はアメリカの想定以上に完全に軍門に下り、国家主権も売り渡すような関係でした。
東京裁判で日本人上層部が戦争責任を問われ、大した言い訳もせず、自害する人もいたわけですが、同じ時期のドイツのニュールンベルグ裁判では、ナチス親衛隊幹部たちは容疑を強く否定するだけでなく、自らの正当性を裁判で滔々と述べ、ドイツ国内でヒーロー扱いされました。
日産を救い、実績を伸ばすゴーン氏を持ち上げるしかなかった経営幹部には、高すぎるゴーン氏の報酬にも何も言えず、内務通報があるまで、不正を疑うこともしなかったのが現実でしょう。そんなゴーン氏の状況を知らないルノー、ついていくしかない三菱という構図の中で、ゴーン氏は神以上の存在になっていたといえます。
自分の功績に見合った報酬を自ら決められるという状況は危険というべきです。きっと彼の頭の中には、アメリカの大企業トップの巨額の報酬(トップ3は年収40億円以上)があったのでしょう。それは日本では通用しないと思い、5年前から半分の所得を隠し、世論の批判を交わしていた可能性もあります。
今回、日産がゴーン氏と側近の取締役ケリー氏に捜査に司法取引して全面協力した背景には、日産がルノーとの資本提携が重荷になっていたことや、マクロン氏がルノーとの経営統合で日産をフランス企業にしようという政治的意向への懸念があったともいわれています。しかし、3社連合の要を失った今、経営統合の夢は遠のいたといえます。
問題は、経営トップと社員の緊張関係に影響する日本特有の人間崇拝や御神輿経営的体質です。この毒を飲んでしまったゴーン氏は、日本人ならわきまえる日本的常識が読めないために自分を見失うのは時間の問題だったのかもしれません。それに日本の隠蔽体質に助けられていたともいえます。グローバルリーダーのリスクへの教訓が残りそうです。
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