日産自動車のゴーン元会長の長期拘留が続く中、フランスのメディアはクリスマスも拘置所で迎えることになるかもしれないと報じています。その一方で、日産・ルノー・三菱自動車3社連合の要だったゴーン氏を失ったことで、日産は次のトップを決めるため、ルノーとの綱引きが続いています。
一方の日産は、19年前に仏自動車大手、ルノーに救われたとはいえ、今では本来の実力を回復し、自動車売上高でも、グローバルな会社規模でも、ルノーをはるかにしのぐ存在です。トップ選出で力関係の仕切り直しをめざしていますが、ルノーが主導権を簡単に渡すとは思えません。
もともと、世界的に見れば、2番手の規模しかない元国営企業のルノーは、国の資金力を背景に「2度と訪れない千載一隅のチャンス」(シュバイツアー同社会長・当時)といって、瀕死の日産との業務提携の懸けに出ました。背景には激化する国際競争の中で大きいものが小さいものを飲み込むことへの危機感があったからです。
結果として小さいものが大きなものを飲み込める状況にあったのは、ルノーが民営化を進めながらも国策会社だったことと、相手の日産が危機的状況にあったこと、さらにフランス通の日産の当時の塙会長が助けを求めたからでもありました。
ルノーは日産との資本提携で、多くのものを得ていました。たとえば、定評のある日産の高度な技術が、その一つです。ルノーが喉から手が出るほど欲しかった技術は、高い買い物とはいえ、今のルノー車の世界的評価に貢献しています。当時、ルノー車は「走りはいいけど故障もする」と言われていましたが、その故障の部分が取り除かれ、さらに電気自動車(EV )の技術でも恩恵を受けています。
日産の改善を繰り返す合理的、効率的生産ラインもルノーが学ぶものが多かったといえます。さらには北南米の市場へのアクセスを可能にし、世界の生産拠点では、ルノーと日産が生産ラインをシェアしており、ルノーの成長と安定に貢献しているのが実情です。
もう一つ、ルノーを含むフランスが得たものは、雇用の安定です。労働人口の10%近くを占める自動車産業は、どこの国にとっても基幹産業の一つ。フランスは30年に及ぶ10%前後の高い失業率に悩まされ、近年は国内で販売される仏自動車メーカーの生産拠点もポーランドなどに移転し、フランス国民の職を奪っている現状があります。
フランス政治は、1にも1にも失業対策が最重要課題で、今のマクロン政権が25%まで支持率を下げているのも、雇用創出がうまくいっていないからです。特に有権者の数の多い労働者層の不満が爆発し、今月に入り、通称「黄色いベスト運動」の抗議デモで、凱旋門まで傷ついているのも、口実はガソリン価格高騰ですが、本当は格差拡大への現政権への失望が原因です。
実はゴーン氏はルノーでは苦戦していました。なぜなら労働者よりの雇用制度により、リストラは簡単ではないからです。
フランス政府が15%の株を所有するルノーのゴーン氏をマクロン大統領が最初に呼びつけたには、彼が経済産業相時代でした。マクロン氏はなんとかルノーと日産を経営統合させ、フランスが主導する世界1位をめざす自動車産業に育てたいとの方針をゴーン氏に伝えましたが、当時、日産側に立っていたゴーン氏は政府の干渉を嫌い、なんとか日産を守りました。
ところが、1大臣だったマクロン氏は昨年大統領となり、立場が強まる中、ゴーン氏のルノー会長就任について、再びマクロン氏から経営統合の話を持ち出しされ、それを条件にゴーン氏は会長に就任したといわれています。マクロン氏の懸念は、経営統合どころか、日産がルノーから離れていくことです。つまり、今では日産あってのルノーだからです。
フランス人の意思決定スタイルは、欧米諸国で最も中央集権的で、主導権を握ることへの強烈なこだわりがあります。国際機関のトップにフランス人を送り込むことに非常に熱心なのも、主導権を握る者が最も利益を得るとの考えが強いからです。
ルノーが日産の選出する新しいトップに首を縦に振らないのも、力関係が崩れることを恐れているからです。ゴーン氏を失ったルノーは、何がなんでも日産を配下に置くことに今後もこだわり続けるでしょう。これまで自動車メーカー同士の協定が長期にうまくいった例は世界にはなく、3社アライアンスは奇跡といわれ、それを可能にしているのがゴーン氏だといわれてきました。
日産は主導権に強烈にこだわるフランス文化、それを体現する政府が筆頭株主ということを甘く見ていたと個人的には思っています。日産、三菱が3社連合を離脱すれば、ルノーは窮地に立たされるのは必至です。ゴーン逮捕直後、フランスの自動車産業の専門家は口々に、ルノーと日産の規模の違いに言及しました。
ゴーン氏は自分が描いていたシナリオから、本当は受け入れるべきでなかったマクロン氏の経営統合話に大統領という権力を前に受け入れるしかなかったように見えます。両者の密約を指摘する声もありますが、大統領と1企業、それも筆頭株主の国との関係は、ゴーン氏には不利だったといえます。
大統領の支持率をいつも絶対的に左右する失業率は、安定性があり、健全で成長が期待される企業の存在に掛かっています。扱いやすく、命令に従順な日本企業は、その意味で大きな魅力です。トヨタがフランス北西部ヴァレンシエンヌに工場を誘致した時、当時のジョスパン首相まで式典に参加したほど、日本企業は魅力的だということです。
黄色いベスト運動で改革を延期せざるを得なくなったマクロン大統領は今、就任以来最大の窮地に立たされており、日産に対してどんな態度に出てくるか注目されます。日産に本当に逃げられれば、失策と非難される一方、主導権を奪われ、経営統合が遠のくことも避けたいというところでしょう。
ブログ内関連記事
若き皇帝マクロン仏大統領の足下で起きた抗議デモ 本当に国を変えられるのか
ゴーン前会長長期拘留 欧米の批判や違和感に日本は明確な説明をすべきだ
ゴーン会長逮捕で見えてくる日産との長すぎた特殊で危うかった関係ゴーン会長絶対権力への批判 「上意下達」と「トップダウン」、いったい何が違い、何が同じなのか?