今年、日本人の心を強く打った話題の一つは、行方不明になった2歳の男の子を救出したスーパーボランティアといわれた尾畠春夫さんの徹底した奉仕生活でした。日本人が共感したのは、見返りを一切期待せず、困った人の話を聞くと居ても立ってもいられず、人助けに行く行動力でした。
私は同郷でもある、その尾畠さんの行動を自分なりに分析をしています。それは思いの強さと豊富な経験です。成功した起業家の話に共通するのは思いの強さといわれます。人間の思いの中で最も強いのは愛情です。無論、行方不明になった子供への思いが最も強いには親でしょう。それは尾畠さんを上回るはずです。
しかし、普通の人が他人の子供を心配する以上の思いを尾畠さんが持っていたのは確かでしょう。それに加え、子供の行動を熟知していたことです。それは経験から来るものです。人間への愛情が強ければ人間の行動も読めるようになるということもあります。
最近、日本では転職が徐々に増えているそうです。大企業が終身雇用の伝統を壊しているだけでなく、将来性に不安のある企業が急増していること、自分のキャリアアップや仕事の満足度を求める傾向が強まり、日本的な組織への忠誠心より、自分を考えるようになったことも挙げられます。
私自身は、組織への貢献と個人の満足度は両方重要なことで、要はバランスの問題だと考えています。日本人を組織の奴隷と批判して、西洋的個人主義を推奨するのは間違いです。個人主義者といわれるフランス人妻と30年以上過ごし、フランス人の親戚、欧米人の友達を沢山持つ私の個人的な経験からすれば、日本人は個人主義者にはなれません。
民族のDNAに刻まれたものが本質的に変化するためには、少なくと数百年は掛かると私は考えています。どの民族や国民にもいいものと悪いものがあり、国が弱体化すると悪いものが吹き出し、繁栄している時はいいものが現れるということだと思います。
国民文化研究で知られるオランダの人類学者ホフステードによれば、日本人は不確かな状況に不安やストレスを感じる度合いが、他の国の人に比べ非常に高いとされます。脳科学でも不安やストレスをコントロールするセルトニンの分泌が日本人は少ないといわれ、いわゆる心配性です。
メリットは、細かいことを気にかけ、リスクを最小化するために慎重さを重視し、完成度の高いもの作りができる職人文化に貢献していることです。ま逆なのがアメリカ人で、不確かなことへのストレスを感じず、大胆さや勇気が評価され、多少の不具合のある製品でもアイディアが良ければ市場に送り出すことをよしとする文化があります。
不確かなものにストレスを感じないアメリカ人は、先行きの見えないグローバル化時代には強みですが、ストレスを強く感じる日本人には、積極的思考を阻害する要因になりかねません。転職も同じで、たとえば転職者の多くが年収が下がったなどという話を聞くと、転職が怖くなるというのも、未知の世界への不安を助長しています。
ところが、年俸が下がることだけで、転職を諦めるのは大きな間違えだということも、よく指摘されます。長い目で見れば、転職は正しかったという人も増えているからです。その理由の一つはさまざまですが、一ついえることは、今の時代は自分へ投資する人がいい結果を生んでいるということです。
組織人間であれば、スキルアップよりも組織内で的確に動ける能力が重視されるわけですが、この20年間の低成長時代に変わったことは、個人のスキルを活かせる組織が成長し、単に組織に従順なだけの人材を重用する企業は結果を残せていないということです。
興味深いのは、単身赴任を奨励していた企業が、家族帯同の赴任者の方が結果を出しているという結果に直面していることです。独身者や単身赴任者の方が長時間労働ができ、仕事に集中できると考えられていたのが、実際は妻や子供の存在が、仕事の効率性や生産性に大きく貢献していたとの結論に至っていることです。
サッカーでいえば、90分間走りずめの日本代表チームと、自分のポジションと関係ない時は立って休んでいる南米サッカーの違いのようで、フィギアスケートの浅田真央さんも海外の選手が、練習するときと遊ぶ時のオンオフがはっきりしていることに学ぶものが多かったという話にも共通する話です。
本当にいい結果を出すためには、メリハリは非常に重要です。当り前のような話ですが、日本人は働いていないと不安という側面もあります。人海戦術だった日本企業は、休むことの効果には注目してこなかったということもあります。
日本の転職環境は今後、大きく変わることが予想されます。企業もプロパー社員だけの閉塞感を脱するために外からの新しい血を入れる必要性を感じ始めています。一生に3、4社を転職して働くのは、日本以外の国では普通なことです。日本も確実に普通の国になっていくことでしょう。
そこで転職の選択基準として報酬やキャリアパスは重要ですが、そのためには自分を高く売れるようにすることです。そのための投資を怠らないことです。同時に自分を正しく評価してくれる企業を探すことです。それと会社自体のイノベーションに興味のない企業は問題外ということです。
しかし、さらに重要なのは、幸福の追求です。不安を感じやすい日本人は失敗すれば食べられなくなるという強迫観念を持っています。しかし、たとえば失業率が日本より高い欧州諸国に比べれば、遥に働ける機会は多く、危機的状況ではありません。強迫観念は敗戦の荒廃のトラウマの中でできたものです。
それとお金が全てという拝金主義的な考えがすっかり定着していますが、それも幸福の追求を妨げています。たとえば、ヨーロッパで貧困にあえぐ人でも、日曜日に倍の日給を出しても働く人は多くありません。「家族で過ごす時間を大切にしているので、そこまでして働きたくない」と思うからです。
日本人は手段が目的化するという弱点を持っています。本当は人生の中心は幸福になるとことで、その方法や手段として仕事をしているはずが、その手段がいつしか目的化してしまっているということです。実は手段が目的化することで、働く人のメリハリが確保できず、企業も生産性を落とすことにも繋がっています。
自分が何をしている時に最も幸福を感じるのかを自分に問いただすことが、転職以前に最優先すべきことだと思います。その幸福も表面的なものではなく、たとえ仕事が非常にきつくても、それが自分のためになっていると感じれば、意味のあることになるわけです。
武士道では、生と死を同列で論じていますが、犬死は非常に忌み嫌われています。意味のないこと、価値のないことで死ぬのが犬死です。自分にとって何が価値があることかを明確にする必要があります。それも自己実現だけではなく、周囲の人々との関係性の中で熟考することが重要です。
今年感動を呼んだ尾畠さんの行為は、人間の心に持続可能な幸福をもたらすキーワードで詰まっていたように思います。西洋人は個人主義で自分のことばかりを考えているといいますが、ボランティアは日本以上に熱心です。人のためになり、人と自分が感謝に包まれるのが幸福の原点だと思います。一見、転職とは何も関係のないことのようですが、非常に重要なテーマだと思います。
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