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 フランスのマクロン大統領は13日、全国民に向けた異例の手紙を発表しました。私も妻がフランス人なので手紙はすぐに目にすることになりました。内容はすでに2カ月を超えるジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)運動の鎮静化を目的とした国民大討論会の開催を呼びかけるものでした。

 国民に言いたいことをいわせるガス抜きを狙ったもので、私が30年間見てきたフランスで、これほど反政府抗議運動が長期化、過激化した事例はありません。むしろ左翼学生の抗議運動が労働者、一般市民に拡大した1968年の騒乱以来ともいえ、欧州メディアはフランス革命を引き合いに出しているほどです。

 今後、政府は全国で公正な公開討論会を実施し、税制、民主主義、環境、移民などのテーマについて国民が直接話し合える場を提供する構えです。当初は燃料税引き上げに抗議する形で始まったジレ・ジューヌ運動は、マクロン政権退陣を叫ぶ運動に発展し、政府への要求も多岐に渡っています。

 そのため、1つの政策に抗議した運動ではなく、今まで国民の間に積もり積もった不満が一挙に爆発した形です。自称「変革政権」と銘打って2017年に6月に船出したマクロン政権は、過去の政権が抵抗に遭って実現しなかった改革を大統領のリーダーシップで断行したわけですが、私の印象ではマクロン氏は政治にビジネス手法を持ち込んで失敗したように見えます。

 2017年にアメリカには不動産王のトランプ大統領、フランスには金融界出身のマクロン大統領が誕生し、両者共に国政選挙の経験もなく、ビジネス界で結果を出してきた人物でした。経済が政治の中心といわれる現代、時代に則した指導者の誕生ともいわれた一方、政治のイロハが分かっていない弱みが、トランプ氏の史上最長の連邦政府機関閉鎖やジレ・ジョーヌ運動を生んでいるともいえます。

 ビジネス界の改革手法は、政治よりは遥に単純です。日産自動車のゴーン前会長が断行したような大規模なリストラで非生産的従業員を解雇し、馴れ合い、持ち合いのパートナー企業を切り、一方的に人事を行い、システムや意思決定のルールを変更し、社員の意識改革を行う手法が通用するからです。

 同じ理屈で、1部の国民に「あなたは非生産的だから、この国を出て行け」などとはいえないし、むしろ、役に立つより社会を混乱させる移民を受け入れたり、恵まれない家庭環境で育った人や、社会的弱者を支援したり、失業者に新たなチャンスを与えることが政治には求められています。

 マクロン大統領の手紙にも出てきた富裕税廃止は、富裕層が税金の高いフランスから海外に居住地を移す現象をくい止めるものであり、現行の法人税の基本実効税率33.33%を段階的に引き下げ、2020年には25%とする方針は、海外からの投資を呼び込むためです。

 しかし、裏を返せば富裕層や大企業を優遇することに繋がり、賃金上昇でしか政策の恩恵を実感できない一般サラリーマンが簡単に理解できることではありません。国を1企業と見れば、その改革案は適切に見えても、国は単純な利潤追求の企業組織ではありません。

 11月中旬から始まったジレ・ジョーヌ運動は、毎週末の大規模デモが、クリスマス休暇で一旦、参加人数が減りましたが、今月5日には全国で5万人、9週目に入った12日の土曜日には84,000人に増え、警官との衝突、商店の破壊、車への放火は激しさを増し、収束の目途は見えません。

 マクロン大統領は、暴力は絶対に認めないとの考えを繰り返す一方、「選挙でも国民投票でもない」と断りながらも国民大討論を改革に繋げたいとしています。討論すれば国民は自分のことだけ考えるのではなく、国全体のことを考えるようになるという教育者的マクロン氏流の考えが透けて見えます。

 あくまで上から目線という印象の大統領の手紙は、国民目線に立つ姿勢とはほど遠い、フランス・エリート主義の匂いがプンプンしていますが、マクロン政権は危機的状況を抜け出す手段を見出せていません。すでに15日、マクロン大統領を囲んでノルマンディーで討論会を開催しましたが、討論会直前に訪れた市役所でマクロン氏は「貧困者にも責任がある」と発言し、物議をかもしています。

 討論会効果を疑問視する声も多く、かといって大統領の途中退任も近年はありません。歴代最も若い39歳の議員経験のないマクロン氏と、政治経験がない新人議員で固められた与党・共和国前進に政権をまかせた時に懸念されたリスクが露呈した形です。本日、欧州連合(EU)離脱案を否決した英議会を見ても、ヨーロッパの民主主義は大きな試練の時を迎えているようです。

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