なんでもスマホで調べられる時代、逆に偶然の出会いがなくなっているという指摘もあります。レストランやお店、観光スポットを探すのにネット検索は非常に便利で、探し出したいくつかの候補に即座に辿り着き、電話して込み具合を確認できたりします。
確かに、その場に行ってみて、レストラン一つ探すのに時間が掛かったり、行ってみたらお店が閉まっていたりする経験をしなくて済む分、無駄がないのも事実です。つまり、失敗回避の役に立っているわけですが、反面、街を歩いていて偶然に見つけた店などの新たな発見や出会いがなくなるデメリットもあります。
同じことが、異文化環境で仕事や生活をする上でもいえることがあります。日本人は不確かな状況にストレスや不安を強く感じる方なので「下準備」を入念に行う傾向が強いだけでなく、推奨もされています。上司から「そんなことも調べずにやったのか」と情報収集能力を非難される場合もあります。
そのため、海外出張や海外赴任で「知っておきたい10のルール」とか「20の絶対にしては行けないこと」「失敗しないための8つのマナー」など、研修やネット情報、書籍によく登場します。30年に渡る私の海外経験を振り返って思うことは「どんなに事前に情報収集しても想定外のことは山ほど起きるが、逆に事前準備で助かることも少なくない」という、当り前のような教訓です。
会社で結果を出している優秀な人に限って、自分の学習能力を過信し、準備なしに飛び込む人を多く見かけます。困ったら、その時々に情報収集し、問題解決できると考えるパターンです。某大手都市銀行対象の海外赴任前研修で、抱負を聞いたら「現地に到着後、3カ月以内に今と同じレベルの結果を出すのが目標です」という声を聞いたことがあります。
自信に満ちあふれた自己目標ですが、きっと痛い目を見るだろうと思っていたら、最初の1年間は苦戦の連続で、思った目標の30%にも達しなかった例も見てきました。同じ事前準備をしないパターンで、某自動車メーカーのインドネシア赴任者は「まあ、行けばなんとかなるでしょう。最初から高いハードルを設定しない方がいいと思っています」といい、環境順応が早かった例もあります。
逆に入念に準備し、最大限の情報収集したことで、行く前に固定観念ができ、自分が持っていたイメージと違う現実に遭遇した時にパニックに陥った例もあります。つまり、準備の段階で習得した知識が通用しない場合、その対応方法が分からずに迷路に入ってしまうパターンです。
いずれも、私から見れば、知識偏重の日本の教育がもたらしたもので「知っているかいないか」が成功するか失敗するかの鍵を握るという考えが強すぎて、対応力を含む人間力が軽視されていることが原因していると思います。そういう私も痛い思いをし、山のように失敗を経験しましたが。
それに経験知が役に立つ場合もあれば、役に立たないケースもあります。アメリカ赴任が長かった某企業の人がドイツの支社長として赴任し、「どうせ西洋人は皆同じだろう」と思っていたのが、ことごとく打ち砕かれた例もありますし、中国の経験をタイ赴任で活かせなかった例もあります。
結論からいえば、相手を深く理解したいという姿勢で学び続けることが重要だということです。ある著名なフランス文学の研究者が、30年以上フランスに通う中「少しはフランスを理解したつもりでいたら、それを打ち消すような現実に何度も遭遇した」といっていました。異文化理解とはそんなものだと思います。
だから、失敗を回避するための情報収集は必要ですが、想定外のことが多発する異文化では、失敗から学ぶことも極めて重要です。痛い経験は人を成長させるからです。同時に安易に分かったことを普遍化せず、まだまだ自分は分かっていないという謙虚さを忘れないことです。
自分のDNAにないコンテクストを甘く見ることは禁物です。人間は異文化をあくまで自分ののコンテクストで読み解こうとしますが、相手はそこにはいない場合が多い。アフリカで10年間仕事をした知人は、10年間育てたナショナルスタッフが、会社の金や備品を根こそぎ持って消えた経験を話してくれたことがありまた。
無論、同じ人間なので共通点もありますが、数千年を異なる風土、異なる文化の中で過ごしてきた人間には埋めがたい違いもあるのが現実です。私などはフランス人の妻と30年以上暮らしても、毎日のように違いを発見しています。
情報過多の時代、失敗回避に意識がいきがちですが、想定外の出来事に新たな発見があることも見逃せませんし、痛い経験が相手への理解を深めることも多く、その中で異文化耐性が身につくことも多いといえます。
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