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   英イングランド・ウィルトシャー州スウィンドンのホンダ工場

 自動車メーカー、ホンダは19日、2021年に英イングランド・ウィルトシャー州スウィンドンの生産工場を閉鎖することを正式に発表し、英国内に衝撃が走っています。時を同じくして英最大野党・労働党議員10人が離党を表明し、英国は政治的に機能不全に陥っていることが表面化し、ブレグジット直前に具体的なブレグジット・クライシスが始まった形です。

 世界が心配する欧州連合(EU)離脱に能天気な英国市民も、3,500人の失業が予想される欧州唯一のホンダの生産工場の閉鎖は、ブレグジットの危機的状況を体感させるものです。町のほとんどの住民が勤めるスウィンドン工場からは悲鳴の声があがっています。

 ホンダ側は世界の自動車産業を取り巻く環境の急激な変化や、電動化の加速に対応する生産体制の適正化の必要性が閉鎖の理由で、ブレグジットとは直接関係ないと説明していますが、ブレグジット後の部品調達などサプライチェーンへの懸念があることも否定しませんでした。

 そもそも欧州では日本車は売れていないという現状があります。英国では日産、ジャガー・ランドローバー(JLR)、BMW/Miniに次ぐ4番目の生産規模にあるホンダですが、スウィンドンの工場では昨年、「シビック」を16万台生産し、その9割が欧州連合(EU)向けに輸出されました。本当はさらに10万台生産できる能力を持つスウィンドン工場ですが、今は停止状態です。

 日本の自動車メーカーはアメリカ市場を中心に中国や、成長が期待される東南アジア、インド、ロシアなどにフォーカスしているのが実情で、メルセデスやBMW、アウディ、ランドローバー、ランシャなど世界的評価が確立し、欧州人好みの車を生産する優れた自動車メーカーが群雄割拠する欧州市場へ参入意欲は減退しているのが実情です。

 ホンダ関係者は、ホンダ欧州法人のイアン・ハウエルズ上級副社長がBBCの取材に対して「我々は世界規模でこれまでにない業界の変化に直面している。顧客需要と規制を受け、速やかに車両の電動化を行わなければならない」と話し、「ブレグジット問題とは関係なく、グローバルな変化についての決定だ」と説明していますが、閉鎖に伴うメーカーへの逆風を考慮しての発言のように映ります。

 飛行場跡地に1985年に作られたスウィンドン工場は、1992年に自動車の製造ラインが本格稼働し、「アコード」、「ジャズ(日本名:シティ)」、「CR-V」、「シビック」などを生産し、2001年には工場を拡大し、一時は年間の生産能力を25万台まで引き上げました。地元には20年以上工場で働く人も多く、閉鎖となれば国内に転属先もありません。

 日産の村山工場閉鎖では従業員2,800人が転属あるいは失職し、日産への依存度が高かった武蔵村山市は深刻なダメージを受けました。スウィンドン工場閉鎖は英全土のサプライチェンーにも影響し、それ以上深刻です。それに転職しようにも、他の自動車メーカーや関連メーカーでさえブレグジットの先行き不透明感に対処中で、一時操業停止をすでに決めており、暗い状況にあります。

 ホンダの英労組は「衝撃的なボディーブローだ」と述べ、メイ首相の交渉力のなさで合意なき離脱の可能性が高まったことを厳しく批判しました。新しい欧州のディーゼル排出規制の施行で乗用車の購買意欲が失われていることを指摘する人もいるし、経済連携協定(EPA)で関税障壁がなくなり、現地生産の根拠がなくなったと指摘する声もあります。

 一方、労働党議員10人の離党も英政界に衝撃を与えています。本来はEU残留支持だった労働党ですが、離脱が決定して以降の労働党のスタンスは明確でなく、メイ首相の迷走に政権奪取にばかり気を取られ、離党議員は民主主義が機能不全に陥っていると批判しました。

 離党組のレスリー議員は「今の労働党はもはや、われわれが参加し、選挙運動をし、信頼していた労働党とは違う」「左派の組織政治に乗っ取られた」と指摘しており、党内で台頭する左派への不快感、反ユダヤ主義や外交政策での対立がくすぶり続けていたのは確かです。しかし、離党の決め手は、メイ首相に対して第2回目の国民投票をコービン党首が提案しなかったことにあるとしています。

 EU残留を主張した労働党にとって、メイ首相の離脱合意案が下院で否決されたことは、総選挙か国民投票をもう一度するチャンスだったというわけです。離党したメンバーが新党を結成する動きは見られず、政界は混乱状態で、メイ首相も離脱合意をめぐる最終段階の鍵を握る議会とのやり取りが複雑になったことは確かです。

 ホンダ工場の閉鎖で今後、英国最大の自動車生産拠点である日産のサンダーランド工場への影響も危惧されています。しかし、そのサンダーランドは国民投票で離脱支持が残留派を上回ったのも事実です。離脱と失職が結びつかなかった生産ラインで働く地元従業員に今、ブレグジット・クライシスに怯えているでしょう。

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