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  かつての大英帝国の繁栄の記憶は今も残っているのか

 英下院は12日、ブリュッセルから持ち帰った離脱協定案を1月に続き、再び否決し、合意なき離脱が現実味を帯びてきました。3月29日の離脱期限の延期も選択肢の一つですが、延期後のシナリオの1つはメイ首相不信任に伴う総選挙実施ですが、主要政党の保守党、労働党への不信感から大混乱も予想されます。

 さらには第2回目の国民投票の可能性も浮上しており、延期しても5月の欧州議会選挙前に結論を出すことが欧州連合(EU)側から求められています。12日の採決の否決には、与党内の離脱強硬派に加え、本来、党として残留を支持していた労働党のコービン党首が今回、否決を呼びかけたことも影響しました。

 英国内外の報道を見ていて感じることは、これほど先が読めない、説明不能の政治状況は珍しいということです。もっとも、この10年間のメディアは、世界中の国政選挙の予想を外すことが多く、専門家でさえ、的確な予想ができていませんが、ブレグジット報道は2年間、迷走し続けています。

 合意なき離脱を強行しようという勢力には、一旦、一方的にEUから離脱し、生じる不都合に対して個別にEUと交渉すれば、英国側は優位に交渉できるという考えがあります。離脱後、EUの縛りが完全になくなることで、アメリカや中国、その他の国と独自の貿易関係を結び、EU依存からも脱却できるという目算もあるのも確かです。

 問題は、その場合、英国がEU離脱ダメージが致命傷になる前の短期間に他国と独自の有益な経済関係を結べるかということですが、誰にも分かりません。オバマ前米大統領は「離脱すれば英国はEUの後ろに並んで交渉することになる」と英国との「特別な関係」は尊重されない考えを示していました。

 トランプ大統領は、自国第1主義の観点から英国のEU完全離脱を支持する発言を行っていますが、特別扱いしてくれる保証はありません。問題は英国が孤立で苦戦すれば、中国が英国への投資を拡大することです。すでに英国は欧州では真っ先に中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)参加に手を上げた経緯があります。

 ブレグジットは、アングロサクソンの隠れた世界組織が推進しているとか、秘密結社フリーメイソンが暗躍しているという説も飛び出しています。しかし、EUを離れた方が英国は絶対的に繁栄するという明確な根拠を聞いたこともありません。

 無論、英国が欧州よりアメリカに近い考えを持ち、いつまでも時代遅れの社会主義的考えにこだわる大陸欧州への嫌悪感があることを否定するつもりはありません。公益性重視のフランスから英国は「アングロサクソン主導の過度の資本主義」と批判されても、馬鹿げていると英国民は思うでしょう。

 離脱強硬派の自信の根拠の一つは、成功を収めているグローバル金融サービスを提供するシティの存在でしょう。これさえ揺るがなければ、たとえホンダが撤退し、日産が減産に踏み切り、外資の製造業が国外移転したとしても税収は維持され、英国経済は繁栄するという見方もあるでしょう。元気なIT企業をEU規制なしに好条件で誘致する可能性もあります。

 無論、それは金が金を産む金融ビジネスモデルや高い収益をあげられる有能なITビジネス関係者たちのような一部の富裕層には良くても、人口的に高い比率を占める労働者階級には、なんの説得力もない話です。先進国でも民主主義がうまく機能しない原因の一つといわれる極端な格差拡大と金が循環しなくなっている問題は放置されたままです。

 それに2016年の国民投票で離脱を支持した高齢者が多かったことの理由は、かつての大英帝国の繁栄と栄光の記憶があったともいわれています。さらには世界秩序はアメリカと英国で統治すべきという考えもちらほらしています。しかし、少なくとも英国には、そんな経済力も外交力、軍事力もなく、非現実的としか思えません。

 欧州を出ていったピューリタンがアメリカという大国を築いたように、英国も欧州から出ればアメリカのような繁栄を手にできるとでも思っているのでしょうか。だとすれば時代錯誤も甚だしいというしかありません。それに大英帝国がアジアで行った阿片戦争などの行為はけっして褒められることでもありませんでした。

 それと今も存在する英連邦52か国が、英国の基盤となりうるという考えも怪しいものです。英国の現実離れした過信がブレグジットの原動力とは言い切れませんが、非常に危険な賭といえます。

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