Emmanuel_Macron_(6)

 フランスでは、マクロン政権に抗議する黄色いベスト運動が5カ月も続き、終息の目途が立っていません。国民の声に耳を傾けようと実施した国民大討論会の結果を踏まえ、マクロン氏は自ら新政策を発表し、事態の好転をめざしていますが、国民の反応は微妙です。

 まず、マクロン氏は国民大討論会を通して一般国民、特に高齢者や中間層などの声が充分に政策に反映されていなかった現状を理解したと語った一方、新政権発足以降の改革路線は基本的に間違っておらず、修正しながらも継続すると語りました。

 新政策の第1は民主主義の進化で、国民投票制度と無作為に選ばれた150名の一般市民からなる「市民審議会」を国民議会内に設置することです。健康、教育の質を保障し、地方の事情に則して市民に寄り添ったサービスを提供すべく政府と自治体の連携を強化し、中央官庁の無駄なポストを削減するとしています。

 その流れで、国民の要望が届きにくいエリート官僚、エリート政治家の弊害を挙げ、一般市民と距離のあるエリート主義を改革するため、自らも卒業した政治家と高級官僚を育成する国立行政学院(ENA)を廃止する方針を打ち出しました。

 第2は、中間層への減税と年金物価スライド制導入で、黄色いベスト抗議運動が要求した購買力向上のため、納税者の割合が最も多い中間層を対象に減税を行うとしています。減税規模は50億ユーロ(日本円で6,250億円)とし、減税に伴う歳入減は、労働時間の延長と公共支出削減で補うとしています。

 同時に日本の働き方改革とはま逆な「フランス人はもっと働くべきだ」と大統領は主張し、景気回復のためにフランス人の労働時間を増やし、祝祭日を削減するというのです。そのために社会人の職業スキル向上のプログラム充実にも取り組むとしています。

 一方、教育に関心の高いマクロン氏は、社会的格差の拡大の原因の一つとみられる出生における不平等を是正するため、5歳から7歳の幼児教育では、1クラス24人以下という少人数制を徹底し、教師の教えるスキル向上のための研修も充実させるとしています。

 今回の大討論会でマクロン氏は、過去には高齢者の年金増額要求は需要ではないと考えていたのは誤りだったと認め、全年金受給者を対象に物価スライド制を導入するとしました。また、2,000ユーロ以下の年金生活世帯に対しては特別支援を検討するとしています。

 その一方で、より長く働き、年金受給年齢を遅くする方向で調整したいとしており、ここでも「もっと国民は一生懸命、長く働くべきだ」という考えが見え隠れしています。

 第3の治安対策としては、欧州連合(EU)域内での人の移動の自由を保障するためのシェンゲン協定の根本的見直しをあげており、たとえシェンゲン協定加盟国が減っても、テロが頻発する中、何らかの形で国境管理を実施できる見直しが必要との考えを示しました。

 野党・共和党は「黄色いベスト運動の発端となった燃油税の引き上げ問題への言及はなく、減税による歳入減の財源確保のために公務員を削減するといいながら、行政サービス充実のためにサービス現場の人員を増やすというのは矛盾している」などと批判しています。

 マクロン氏の支持率は昨年12月から30%を割り込み、今年3月には30%台に回復したという世論調査もありましたが、4月に30%を割り込み、今回の新施策でどの程度、支持率が回復するのかが注目されます。しかし、週末のデモは続きそうですし、国民の納得感は高いとはいえません。

 そもそも国民に英国人のような自立自助精神が薄く、手厚い社会保障で国民は政府からお金を受け取ることを当然と考えるようになって30年以上経っており、長期不況と10%台の失業率にフランスは悩まされてきました。「より少なく働き、より多くのお金を得る」との精神が、すっかり根付いています。無論、国民も学習し、かなり意識は変わってきています。

 大政党の右派と左派の政党に代わる代わる政権を託しましたが、事態は改善せず、大政党を諦めて39歳の若き金融出身のエリート、マクロン氏と彼の立ち上げた政治未経験者の多い共和国前進に国をまかせて2年が経とうとしています。英国より制度上、中央集権的なフランスは、大統領特権で抵抗勢力を押さえ込み、議会も通さず、改革を断行した結果、行き詰まった形です。

 専門家の間では、国鉄改革に代表される準公務員の不公正な既得権益をなくすことや肥大化した行政機能のスリム化、外国からの投資を阻む高い法人税の引き下げなど、一つ一つは待ったなしの改革で、それを推進するマクロン政権が大きく間違っているとも言い難いと指摘しています。

 常に議論になる企業が元気にならなければ雇用も生れず、税収も増えず、国民は豊かにならないという理屈と、国の経済の足を引っ張る低所得者層の底上げ、貧困の解消への投資を優先すべきいう話でいえば、マクロン氏が前者に属するのは明らかでしょう。

 問題は、政治は言葉が重要だということで、マクロン氏の政治家としてのコミュニケーションスキルの未熟さを指摘する専門家も少なくありません。政治は政策が正しくても、アプローチの仕方を間違えれば成果は出せません。

 マクロン氏も、高校時代から何度も挫折経験があるといわれますが、それは持てるエリート層の世界での話で、持てざる人々とは縁がありません。努力しても結果を出せない人々の心は理解できません。それがマクロン氏の言動の端々に表れているともいえます。

 日本や英国のような経験主義ではない理知主義のフランスでは、明晰な頭脳が最大限重視される傾向があります。興味深いのはENAの廃止に頭を傾げるフランス人は少なくないことです。しかし、頭脳だけでなく豊富な人生経験も必要です。そこがトランプ氏とマクロン氏の違いかもしれません。

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