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   F1の熱狂的ファンの友人と話していたら、懐かしい名前が飛び出した。その名はポール・フレール。

車好きなら日本でもお馴染みの名前だが、F1ドライバーでルマン24時間を征した男で、モータースポーツ・ジャーナリストとして活躍した男だ。今年2月に亡くなった。

  懐かしいというのは、今から17年前に彼のニースの自宅に取材に行ったことがあるからだ。ニースのコートダジュール空港まで迎えに来てくれたフレール氏は、ホンダビートに乗っていた。ジャガーマガジンの取材だった。

  私は助手席に乗せられ、彼はニース郊外の丘の上まで、コートダジュール独特のくねくねと曲がるくねった道を一挙に駆け上がった。あまりのスピードに足元にはない助手席のブレーキを本能的に踏んで恐怖を耐え忍んだことを今でも鮮明に覚えている。

  カーブのコーナーに突っ込むときのスピード、日本人ならとうの昔に踏んでいるブレーキを踏まず、エンジンブレーキを巧みに使いながらクルマを操っていた。当時はポール・フレールの助手席に座る名誉など分からなかった。

  今考えると、もっとヨーロッパでのクルマの運転に習熟し、モータースポーツを熟知していれば、心臓が止まるほどの感動があったのにと悔やまれる。日本で雑誌のグラビア取材で星野一義氏に密着したくらいで、あの時は何も分かっていなかった。(続く)

写真 筆者撮影