英国が欧州連合(EU)離脱を決めた国民投票から3年が経ちますが、その遥か前から、英国人の大陸欧州への違和感や嫌悪感は確かに存在しました。英国人はまず、非常に実用主義的で現実的なのに対して、大陸ヨーロッパ欧州を代表するドイツ人やフランス人は演繹的思考が強く、理想主義的で観念的です。
ヨーロッパ全体が戦場となり、ナチスドイツに苦しめられ、約5,000万人が犠牲となった第2次大戦が終了し、戦後、ヨーロッパには強い人道主義が共感を呼びました。そのため人間が人間らしく生まれ、人間らしく生き、人間らしく死ねることを国が保障する福祉国家建設に向かいました。
これは社会主義的な政治思想だけでなく、もともとの精神風土としてあったキリスト教においても、弱者救済の考えから、右も左も共通認識があったといえます。とはいえ、戦後、冷戦に突入し、東西にヨーロッパが分断されたことから、ソ連型共産主義には向かわず、社会民主主義が定着し、それに沿った経済システムが導入されました。
英国もゆり籠から墓場までという労働党のキャッチフレーズで社会民主主義が導入されました。ところが社会保障政策と経済活動が強く結びついた社会民主主義モデルは、1980年代に入り、アメリカと日本が世界経済を支配するようになる中、うまく機能しなくなり、英国はサッチャー時代に非効率な国営産業や混合経済を非難し、マネタリズムによる経済政策の大転換に踏み切りました。
それと真逆だったのがフランスで、1982年に左派のミッテラン政権が誕生し、私がフランスに初めて足を踏み入れた1986年には、この国は社会主義国か思うほど左傾化していました。冷戦終了後の1990年代にヨーロッパの要人に次々にインタビュしましたが、保守派の議員でさえ、フランスやドイツでは社会民主主義を疑う人はほとんどなく、「社会民主主義は限界では?」などといおうものなら、叱られる状況でした。
新自由主義に基づくサッチャリズムは、EUとはしばしば対立し、当時から離脱説はありました。ただ、冷戦終結直後のヨーロッパの空気は、統合を深化拡大させ、東ヨーロッパを取り戻す機運に溢れていたので、その点では離脱論は鳴りを潜めていました。
ただ、英国のEU離脱議論は長らくくすぶり続け、労働党のブレア氏が首相時代には、はっきりさせるべきという議論も出ていました。というのも当時の労働党は支持母体が本来の労働組合からホワイトカラーに移行した時代で、ブレア氏自身、ヨーロッパの社会党大会で「古い社会主義から完全に脱却すべき」と発言したほどでした。
グローバル化に対応できなくなったヨーロッパ全体も、右派と左派が選択肢が狭まり、互いに中道に寄っていく現象が起きたのが2000年に入っての状況でした。フランスやドイツでも非効率な国営企業の維持は難しく、フランスではジョスパン左派政権下で国が筆頭株主のルノーの合理化が承認されました。
この20年、自由主義経済に舵を切った英国は、好調な経済を続ける中、フランスやイタリア、ギリシャは労働人口に占める公務員比率が高く、税金を投入しないとやっていけない国鉄などを抱え、長期不況が続き、高い失業率に苦しんできました。
これらの国々には、自由主義への強い警戒感と社会民主主義的システムへのこだわりがあり、彼らの影響の強いEUに、英国はうんざりしているわけです。たとえば英国では企業が雇っている人間を簡単に解雇できますが、大陸ヨーロッパでは簡単にはできません。
フランスのようにマクロン政権が企業活動をしやすい環境に変更しようとすると「政府は企業寄り」と批判し、半年以上続く反政府の黄色いベスト運動が起きるわけです。そういうEU諸国の現状を見て、見切りをつけた方が、英国は今よりもっとうまくやれると考えるのが離脱派の考えです。
この考えには、フランスやドイツ、イタリアの自由主義経済信奉者も理解を示しています。うまくいかない社会政策、経済システムにこだわり続ける頭の固さに辟易するフランス人やドイツ人もいます。ただ、人道主義というもう一つの価値観が強くあるために、極端な貧富の差、弱者を生む自由主義に向かうことへの警戒感も非常に強いのもEUです。
人間らしく生きることを保障し、ロシアの脅威からヨーロッパを守り、ヨーロッパ内で2度と戦争を起こさないことを重視するEUと、英国の空気には違いがあるということです。同時に英国政府やメディアが国民に対して、ユーロやシェンゲンに入らない自国の考えの正当性を強調してきたために、正しくEUを理解していない側面もあります。
ブレグジットの行方について、今、正確な予想を立てられる専門家はいません。ただ、強硬離脱派のジョンソン氏が保守党党首に指名され、議会が合意なき離脱を決断すれば、今年10月に離脱する公算が高まるわけですが、それはEUや英国だけでなく、世界経済にも悪影響を与える話です。
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