欧米のビジネススクールに登場する悪いリーダーを表現したイラストに、椅子にふんぞり返って座った上司を部下が担ぐ絵があります。27年前、フランスのビジネススクールで教鞭を執り始めた頃、当時注目を集めていた日本的経営の一つとして「御神輿経営」の説明がありました。
バブル崩壊直後で日本経済の世界的存在感は、まだまだある時期、アメリカに10年遅れをとるといわれたヨーロッパでの日本研究は、終身雇用、年功序列、家族的経営、企業への忠誠心などと並び、御神輿経営も取り上げられていました。
興味深いのは、日本の研究者も英語で日本的経営を海外に紹介する論文を当時、書いていましたが、実は欧米諸国の価値観を考慮した客観性はなく、欧米のビジネススクールの研究者たちの受け止め方は、日本人が考えるようなものではなく、かなりの溝がありました。
たとえば、1999年に日産自動車のトップになったゴーン前会長は「終身雇用は理想的考えだが、会社が成長を継続する前提の上にしか成り立たない」「年功序列は問題だ」との認識を示していました。無論、年功序列というと、猛スピードで出世したゴーン氏は当てはまりません。
将来の日本の首相を嘱望される小泉進次郎氏は、政治家になった当初「最初は雑巾がけから」といいましたが、儒教や徒弟制度の職人文化が浸透する日本ならでは考え方です。その考えでは時代の変化への鋭い感性を持つ30代、40代の首相や大統領を産んでいる欧米のようにはなれないでしょう。
日本でも過去のような御神輿経営文化はなくなっているとしても、メンタリティとしては強く残っています。1980年代に「新人類」という言葉が流行り、会社や上司、周囲の空気が読めない新しい人種といわれましたが、彼らによって企業文化が根本的に変わることはありませんでした。
今、日本企業の社員研修で、30歳戦後の受講者に聞くと「今、入ってくる新入社員は大した業務経験もないくせに偉そうなことをいうのに驚かされる」といいます。自分の意見が通らなくて辞める新入社員も少なくなく、「石の上にも3年」などという考え方は、今は通じないともいわれます。
しかし、企業側から見れば、軽率な判断で辞めていくような社員はいらないという考え方もあります。今も昔も向上心が強く、努力を惜しまない人材が評価され、結局、企業が最も必要としているのは将来のリーダーになれる人材で、兵隊を引き止めることではないという考え方もあるわけです。
AIとビッグデータを駆使する時代変化の中で、単に記憶力と脳の処理能力が高いよりは、誰もが考えつかないような発想力やクリエイティブマインドを持ち、時代を見据えた高度な判断ができる人材、誰もがハッピーについていける人間的魅力を持つリーダーが必要な時代です。
どちらかというと突出した才能や能力よりも、チーム力を高める一定水準の人材、悪い言い方をすれば優秀な兵隊を揃えることを重視してきた日本企業は、優秀な外国人との協業時代に入り、大きな岐路に立たされているといえます。
ではなぜ、欧米のビジネススクールや一般社会で、御神輿経営スタイルを強要するリーダーを「bad boss」というのでしょうか。無論、今ではパワハラで訴えられる権力を振りかざし、部下を罵倒するリーダーは欧米企業にも過去にはいました。セクハラはそもそも権力を利用して行われるのが常なので、パワハラと同根です。
たとえば、アメリカ人が理想とするリーダー像に旧約聖書に出てくるモーセがいます。奴隷生活を強いられたイスラエル民族をエジプトから開放し、神が準備したカナンの福地をめざすリーダーの話ですが、目的に対してブレない不屈の精神、神を信じる絶対的な信仰が理想的リーダー像になっているわけです。
聖書の中ではモーセが神の十戒の石版を得るため、一人でシナイ山に登り、40日も帰ってこないので待ちきれなくなった民たちが、日頃からモーセに不服従のアロンに頼み、モーセに代わって民を率いる金の子牛を作り崇めました。これに激怒し民を滅ぼそうとした神をモーセがいさめ、もう一度チャンスをもらうという場面があります。
結局、神が激怒したのかモーセが自分の感情を治められなくて石版を割ってしまったかは見解が分かれるとされますが、いずれにせよ、右へ左へと揺れ動く民に対して信念がブレないモーセは、キリスト教徒だけでなく、一神教のユダヤ教徒、イスラム教徒にとってもリーダーの鏡となっているわけです。
一方、絶対的存在である神を信仰しない東洋では、人間を超越した存在への畏敬の念より、目の前にいる人間を崇拝する傾向があります。一神教では、モーセは人間崇拝の対象ではありません。なぜならモーセは人間であり、神は人間を超越した存在という決定的違いがあるからです。そのため、リーダーを人間崇拝することはありません。
一方で東洋には仏教と儒教が根付いており、年上の人を敬い、大切にする習慣があり、組織では上司や中心に立つ人は特別に扱われます。最近、長年同じ部署で人材育成に当たっていた友人が他の関連会社に出向するため送別会をした時、部下の女性たちの何人かが泣いたということを聞きましたが、日本企業ならではともいえるものです。
日本で今は消えつつあるとはいえ、御神輿経営スタイルのリーダーシップを非常に悪いものとして批判する声は、日本では欧米ほどにはあまり聞かれません。その善し悪しは文化の違いから生じていることは明らかですが、どちらかというと部下の人権重視の方向に世界は動いているのは確かでしょう。
リーダーシップが重要さを増す日本企業ですが、多文化で働く状況が増しているのも事実です。一ついえることは洋の東西を問わず、いいリーダーに恵まれることは部下にとっても組織にとっても幸せだということです。その意味では、いいリーダーの定義をしっかりすることが重要でしょう。
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