Empathy

 世界中に人々がアメリカのトランプ大統領のツイッターに注目し続けています。理由はさまざまです。ビジネスの世界でも政治の世界でも、大国アメリカの影響を受けない国はないことも理由の一つでしょう。そのアメリカの大統領が、さまざまなことについて毎日、しかも何回もつぶやくのは異例なことです。

 気がつけば、トランプ氏に限らず、コミュニケーション・ツールの変革で、世界は一挙に狭くなった感があります。それを牽引するアメリカ人は、もともと世界一オープンマインドで奥ゆかしさや隠す文化はありません。考え抜いた末につぶやいているわけではないのも確かです。

 昔は外交官の仕事の一つは他国の首脳の発言の真意を分析することでした。理性を何よりも重んじる日本の伝統的外交のプロたちは、トランプ氏は浅知恵でコロコロということを変える愚かな人間と分析する人が大半です。アメリカの歴史のなさから来るマイナス面が現れているという人もいます。

 保守系の米ウォールストリートジャーナル(WSJ)でさえ、是々非々のスタンスを崩しておらず、米中貿易戦争を仕掛けるトランプ政権について、時には効果があるといい、時には中国に負ける可能性があると論調は日々変わっています。現実主義のアメリカなので当然ともいえますが、これまでアメリカで評価されたリーダー像は、一貫した信念を貫く人物でしたが、疑問符が投げかけられています。

 しかし、トランプ氏の登場で注目すべき点の一つが、自分の感情を全面に織りまぜて声明を出すスタイルです。好き嫌いもはっきりいい、満足すれば満足感を表現し、不快感を持てば激しく避難したりしています。われわれ世界の人々は、超大国アメリカを背負うトランプ大統領の喜怒哀楽、一喜一憂に付き合わされているようです。

 国民感情が強く影響を与えるポプリィズムの時代ならではの政治リーダーの特徴と分析する人もいるでしょう。似ているといわれる英国のジョンソン首相は、歯切れがいい反面、常に挑発的表現を使っています。物議をかもすブラジルのボルソナロ大統領もツイッターで感情を露にしています。

 実は、これまでどちらといえば理性主義の影で、感情はワンランク下のように扱われてきました。しかし、実は感情は非常に大きな役割があることが再認識されています。たとえば、記者会見で原稿を読む政治家よりも、自分の言葉で感情を交えて話す政治家の方が、明らかにインパクトがあります。

 失言などで揚げ足を取られたくない小心の政治家は、官僚の書いた原稿を読むことに終始しますが、何のインパクトも与えません。言葉は生き物だからです。

 ビジネスリーダーも同じです。仕事の方向性を決めるリーダーにとって感情表現は重要です。部下は上司が満足すれば評価されていると思い、不快感を表せば、問題があると思うものです。無論、上司の感情になんか左右されずに気持ちよく仕事がしたいという人もいるでしょう。

 自分の感情を抑え、全体に適応する訓練を小さい時から積んできた日本人は、日々移り変わる感情を軽蔑してきた側面があります。結果、「日本人は何を考えているかわからない」と外国人からいわれるようになりました。この和と秩序を重んじ、村社会のルールに従い、自分の感情を徹底して否定する文化は今、変わろうとしています。

 30歳前後の若い社員でさえ、新入社員が自分の気分を露骨に表現する姿に呆れているといいます。いわゆる空気を読まない自分のきわめて個人的感情をストレートに表現して周囲を困惑させる若者が日本でも増えつつあるというわけです。

 今、注目される感情を伴ったメッセージの発信ですが、まず、理性は公的、感情は個人的という認識を改めるべきです。どんな社会でも、たとえば個人的には嫌いな人間はいるものです。でもその嫌悪感を露にすれば、一瞬にした人間関係は失われます。つまり、感情は公的なものからきわめて個人的なものまで幅広いのですが、公的感情表現が重要性を増しているという話です。

 「昨日の君の仕事はとてもよかった」と一言、感情を込めた言葉をかけるだけで部下はやる気を起こすものです。外資系企業の外国人上司が「私はあなたたちの出した結果には、けっして満足していない」といわれ、落ち込む日本人社員がいます。そこには日本的に「殿は満足していない」という下僕的な受け止めもあるでしょう。

 しかし、上司は上司の公的な立場で、感情を表現しているだけで、個人的に社員を嫌っているわけではありません。公私の境がない日本では、リーダーを人間的に崇拝する傾向があり、日々、上司の顔色を伺いながら忖度して仕事をしているので、上司の感情表現は必要以上のインパクトを与えます。

 ますます人間同士の関係において共感が重視さる時代、公的な場で個人の感情を露にするだけでは現場は混乱するばかりです。しかし、自分に正直であることも重要です。そうでなければ共感は得られないし、相手を思い図った上での感情を伴う表現が必要です。外国人上司の言い回しが逆効果だと教える必要もあります。

 しかし、もっと重要なのは公的立場での感情をいかにメッセージに折り込むかです。リーダーには前向きでポジティブな姿勢が必要です。悲観的で個人的感情を露骨にするのは逆効果で、意味はありません。感情の扱いは容易ではない一方、理性に裏打ちされた公的意識を持った感情表現は非常に強いインパクトを与えるのも事実です。

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