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  ダビンチ作「聖アンナと聖母」の2人の女性の微笑みは当時としては珍しいものだった


 2月24日、パリのルーヴル美術館で開催されていたイタリア・ルネサンスの巨匠レオナルド・ダビンチの4カ月に渡る没後500年の特別記念展が終了しました。4カ月間の来館者数は同美術館の最多来館者数110万人を記録しました。

 この数が凄い理由はまず、完全予約制で来館者は特別展だけの入場料17ユーロ(約2,000円)を払わなければならなかったことです。さらに1年を超える黄色いベスト運動の過激なデモが毎週末行われ、そこに12月からは仏政府の年金改革に抗議するゼネストが行われ、公共交通機関が1カ月以上、機能不全に陥り、ルーブルの職員もストに加わり、何度も閉館しました。

 最後は新型コロナウイルスですが、幸いにもフランスは最近まで感染が確認された人数が少なかったのですが、この1カ月間は中国政府が海外団体旅行が禁止されたため、中国人旅行者は激減しました。つまり、状況的には幾多の困難が、ダヴィンチ展には襲いかかったにも関わらず、史上最多を記録したということです。

 そもそもルーヴル美術館は世界で最多の来館者数を誇る美術館です。2年前にフランスが誇る19世紀の巨匠、ウジェーヌ・ドラクロワの大規模回顧展が開催され、史上最多の来館者記録を塗り替える約54万人が特別展に訪れました。ダヴィンチ展はその2倍を記録したということです。

 フランスの美術館で来館者が多いのは、まずはフランス人の巨匠たちです。ドラクロワ、セザンヌ、ルノアール、モネ、ドガ、ゴーギャン、マティスなどです。次ぎにフランスで活躍し名を成した芸術家であるピカソ、ミロ、モディリアーニ、シャガール、ゴッホなどの外国人勢です。

 イタリア生まれのダヴィンチはイタリア・フィレンツェで活躍し、晩年はフランス王フランソワ1世に請われ、フランスのアンボワーズで過ごし、フランスで人生を閉じました。つまり、ダヴィンチはフランス人にとっても縁の深い存在ですが、やはり、今回の記録的来館者数を見ると、ダビンチが国を超えた偉大な存在であることが分かります。

 ダヴィンチ展については昨年、このブログに書きましたが、特別記念展は想定以上の成功を収めたと思いますし、彼の残した多岐にわたるそれも非常に質の高い業績は500年の時を超えて、非常に強いメッセージを残していることが証明されたともいえます。

 万能の天才と呼ばれるにふさわしい迫力が特別展から伝わってくるものでした。キュレーターが10年がかりで準備した展覧会というにふさわしい深掘りされたダヴィンチ展は、ルーヴルの威信を懸けた展覧会でしたが、一人の人間が達成した業績という意味でも十分なインパクトがありました。

 しかもダヴィンチはピカソのような多産の画家ではなく、67年の生涯に残した作品は非常に少ないのですが、おそらく妥協というものがダヴィンチの中では存在しなかったからでしょう。死ぬまで手を入れ続けた「モナリザ」しかりであり、依頼主がいつまでも作品を引き渡してくれないことに怒りを爆発させた逸話は数知れずというところです。

 今回の特別展は、ダヴィンチの偉業の全貌を見渡すことができると同時に、彼が生きた時代的背景にも思いを馳せることができました。特に工房職人の1人でしかなかった職人が独立し、芸術家の地位を確立する過渡期に生きたダヴィンチの歩みを知ることもできます。

 今回は、左手に水晶球を持ち、右手で祝福するポーズをとる、508億円で落札された「サルヴァドール・ムンディ」は展示されなかった一方、極めて似たレオナルド工房作「サルヴァトール・ムンディ(ガネー版)」が展示されました。複数の職人の手による作品とダヴィンチ作品の違いも知ることができました。

 同じルーヴルでは、芸術文化教育スペースであるプティットゥ・ギャルリで第5回目となる特別展として「芸術家の肖像」展(6月29日まで)が開催されています。ルネッサンス期のダヴィンチ、ミケランジェロ、ドナテッロなど工房職人を脱し、1人の独立した芸術家の地位を獲得した経緯を探る興味深い展覧会です。

 作品に自分の名前を入れる行為は古代にまで遡り、装飾品などにも個人名が記されています。それは西洋美術史の中で位置づけられた芸術家より、はるか昔のことで、時の社会状況や権力者との関係なども見ていく必要がある。

 あまり知られていないことですが、クラシック音楽の歴史でいえば、モーツアルトは歴史に残る名曲を数多く残し、王侯貴族の生活だけでなく、宗教的高揚感や一般市民の娯楽にまで貢献しました。しかし、彼の社会的地位は低く、遺体は共同墓地の穴に放り込まれました。映画「アマデウス」の最初の場面にも出てくる光景です。

 ダヴィンチの生きた時代は宗教改革が起きる前後の時代で、彼こそがそれまで凍りついた無表情の人物画に感情表現を持ち込み、人間性を与えた画家でした。宗教的恐怖が支配する中世からルネッサンスの夜明けがあり、ダヴィンチは単なる聖書の物語を描くだけの職人を脱し新しい時代を開いた人物でした。それに科学や医学、物理学にまで関心は拡がっていった自由さは現代に通じるものです。

 もう一つ思うことは、彼はあの時代に生きたことが幸いだったかもしれないということです。彼ほどの才能があれば、今の時代ならメディアで持て囃され、引く手あまたの依頼があり、大富豪になっていたかもしれません。そうなれば自分を見失っていたかもしれません。ピカソが晩年、数分で描いた絵を画商に渡していたようことは残念なことです。

 関心は多岐に渡っても、それがお金になるかどうかを先に考え、受けを狙うような人間は巨匠ではありません。名前を売るためなら何でもする人間は歴史に残るのは難しいでしょう。ダヴィンチは目に見えざる神の手に導かれたのかもしれません。作品の多くは謎に包まれたままですが、それでも500年を超えるインパクトを与えれている事実は驚愕です。

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