歌川広重「東海道五十三次 原宿 朝之富士」
今年の夏は新型コロナウイルスでパリに来て美術館散歩を楽しむのは困難ですが、日本の伝統美術の蒐集で知られるパリのギメ美術館では「富士山、雪国」展(10月12日まで)が開催中です。ロックダウンで当初より2週間遅れで開始された同展では、世界的にも知られる富士山と雪景色がテーマです。
雪は日本人には当り前の景色ですが、最近は雪を見たことのない東南アジアの人々が雪目的で日本を訪れる例も増えているといいます。富士山は日本画の重要なテーマで、浮世絵師、葛飾北斎の「富嶽三十六景」を筆頭に、近代日本画家の多くも富士山をモチーフに描いています。
富士山に特別な感情を抱くのは、どうやら日本人だけでないようで、富士登頂をめざす外国人旅行者も急増中とか。人々を引き寄せる不思議な力が持つ富士山は、その突出した高さから80キロ離れた東京からも天気のいい日は威風堂々とした姿を見ることができ、様々な風景に溶け込む形で圧倒的存在を示しています。
そんな富士山の頂きには雪があり、雪は富士山に欠かせない美の要素です。その富士山の雪に着目しながら、日本絵画の深遠を探ろうというのが今回の展覧会です。そしてひとつ興味深いのは日本の伝統的絵画に存在する余白を雪のある風景と関連づけていることです。
江戸の浮世絵師、歌川広重の大胆な構図にも雪は空白として描かれています。無論、版画で白は空白なわけですが、西洋絵画ではありえない描き方です。16世紀の画家、ブリューゲルには「雪の中の狩人」など雪景色を描いた作品はありますが、雪は風景の一部として克明に表情が描かれています。
色彩も陰影も乏しい雪を描くのは簡単ではありませんが、浮世絵はそれを絵の構図としてうまく取り入れいるところは素晴らしいといえます。そして富士山の場合は、真夏を除けば、雪をかぶっており、その姿は天に通じる意味合いもあり、とてもユニークです。
ヨーロッパでは富士山は神道、仏教の聖地として紹介されており、神聖な威厳ある山という意味合いもあります。それは浮世絵だけでなく、千年を超える歴史の残る巻物や仏画にも描かれ、美的感動を与える芸術的意味と人々の信仰がひとつとなった特別な存在でした。カトリック系仏日刊紙、ラ・クロワは、その当たりのことを書いています。
版画に使われるインクは19世紀にオランダから輸入された鮮やかな天然色によって、江戸の浮世絵師に新たなインスピレーションを与えられたといいます。それが卓越した版画技術と共花咲いたのが浮世絵でした。
その浮世絵は明治維新後、パリ万博などで印象派の画家たちに多大な影響を与えたのは周知の通りです。繊細で見事な輪郭線と大胆な構図、鮮やかな色彩、描かない空白が物をいうインパクトは、日本美術を不動のものにしたといえます。
半世紀前に現代美術に登場したミニマリズムにも通じる浮世絵のアプローチは、極限まで省略することで作品の完成度を高めています。それが何と大衆美術だったというあたりが、日本の美に対する感性の高さを表しているといえるかもしれません。
話は富士山と雪に戻りますが、日本の絵画には、人間の日常生活を含む様々な風景の奥に季節に関係なく雪を被った富士山が存在します。それは、日本が唯一の存在である神山、富士を拝する国という意味合いを持ち、天皇を拝した歴史と繋がる日本精神を伺わせます。
ギメ美術館は、非常に丁寧な展示を行っており、繊細で完成度の高い浮世絵作品などを恵まれた展示スペースでも鑑賞することができます。
富士山 雪の国 ギメ美術館
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色彩も陰影も乏しい雪を描くのは簡単ではありませんが、浮世絵はそれを絵の構図としてうまく取り入れいるところは素晴らしいといえます。そして富士山の場合は、真夏を除けば、雪をかぶっており、その姿は天に通じる意味合いもあり、とてもユニークです。
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