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「フランス歴史物語より」チェリー・ロードラン、2019  Thierry Laudrain / Chateau de Versailles

 フランスやベルギーには日本の漫画に相当するバンド・デシネが19世紀から存在します。意味は「描かれた帯」すなわち連続漫画で、たとえば、ベルギーの作家エルジェによる「タンタンの冒険」は、半世紀以上前から、フランスやベルギーの国民的愛読書です。

 「タンタンの冒険」や「アステリックス」といったバンド・デシネ本は、ほとんどがハードカバーのしっかりした装丁で、絵もしっかりしたものです。作家には絵画を正式に学んだ人間もいて、エルジェは晩年、モダンアートに興味を寄せていたといいます。

 私がフランスに住み始めた1990年代は、「キャプテン翼」などの日本のTVアニメが大量に放映されていました。日本の漫画やアニメは1980年代までは稚拙なデッサン力による安っぽいバンド・デシネと見られていました。

 そのイメージを根底から変えたのが確かな描写力と緻密な絵、練られたストーリーによる宮崎駿によるアニメでした。それ以来、日本の漫画やアニメの地位は飛躍的に向上し、今では書店の一角は日本漫画で占められ、欧州最古で最大級のバンド・デシネのイベント、アングレーム国際漫画祭でも大きな存在になりました。

 フランスではバンド・デシネは、建築、彫刻、絵画、音楽、文学、演劇、映画、メディア芸術に次ぐ「9番目の芸術」と位置づけられ、2016年にはルーヴル美術館で初めてバンド・デシネの本格的な展覧会が開催されました。

 フランスでは現在、ヴェルサイユ美術館で「バンド・デシネの中のヴェルサイユ」展(12月31日まで)と、パリのピカソ美術館で「ピカソとバンド・デシネ」展(来年1月3日まで)が開催されています。

 「バンド・デシネの中のヴェルサイユ」展は、ヴェルサイユ宮殿を舞台にしたバンド・デシネ作品を紹介する特別展で、オリジナル原稿や原画、下絵など約100作品の普段目にすることの出来ない作品や資料が展示されています。同時に19世紀から2019年までのバンド・デシネの変遷や発展をヴェルサイユ宮殿の歴史と共に振り返っています。

 フランス大革命やウィーン体制下の復古王政と7月王政が続く19世紀前半、2月革命後のナポレオン3世が実権を握った第2帝政になった19世紀後半だけ見ても、ヴェルサイユ宮殿はフランスの重要な歴史の舞台でした。バンド・デシネの作者たちは、偉大な人物から宮殿の威厳を支えた建築、庭園などまでを描き出しています。

 作品には宮殿や庭園、登場人物を単純化して描いたものから、細密画のように建物や庭の細部を描き込んだものまでさまざま。ヴェルサイユ宮殿で宮殿を舞台としたバンド・デシネに関する展示は初めての試みです。権力と頽廃の舞台だった同宮殿は数多くの文学小説を生み、漫画家の想像力を刺激しました。

 一方、「ピカソとバンド・デシネ」展では、ピカソの作品とバンド・デシネとの関係を探るものです。この試みも初めてです。ピカソは若い時から晩年に至るまで、新しいものへの好奇心が旺盛で、風刺画やイラストレーション、バンド・デシネに興味を抱いていたといいます。

 逆にバンド・デシネの作家のクレマン・オブジェリー、ライザ、アート・スピーゲルマンたちがピカソ本人を漫画の中に登場させたりしています。幼少期にアメリカのコミック漫画に触れたことが、ピカソのさまざまな絵画様式の試みに影響を与えたとの仮説も同展のテーマです。

 バンド・デシネは、作家のセンスと西洋絵画の優れた技法に支えられ、そのストーリー性とともに人々の生活を豊かにする存在として、フランス語圏で芸術的評価も受けています。同時に若者の間では日本の漫画やアニメが定着し、それが日本に対する興味を増幅させています。

 バンド・デシネが大きく日本の漫画と異なるのは使い捨ての消費型文化でないことかもしれません。「タンタン」は、今でも大人が休日に何度も読み返しているからです。

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