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 新型コロナウイルスの流行で、人間同士の物理的接触の機会が減る中、心配されるのは異文化同士の分断や対立が高まることです。フランスではイスラム過激主義との闘いで、イスラム教そのものを冒涜する風刺画を正当化したことで、中東でフランス製品のボイコット運動が拡がっています。

 ユネスコ憲章の有名な前文に「相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった」とあります。

 異文化への無知、無関心は、特として戦争に発展するわけですが、信頼関係高地に欠かせない対面で会う機会が激減し、スキンシップがとれない状況は地球上の新たな試練です。無論、異文化理解は座学で学べるものも多くありますが、実際に異文化に接しなければ、深い理解は得られないものです。

 最近、コロナ再流行するヨーロッパですが、フランス政府に助言する科学評議会の議長を務めるデルフレシ教授は、フランスの1日当たりの新型コロナ新規感染者数について、公式発表の直近24時間の新規感染者5万人について、実際には倍の10万人程度になっている可能性があると指摘しました。

 私の知る限り、ヨーロッパ諸国に駐在する日本人たちは、感染再拡大の理由は若者たちに危機感がなく、マスクも手洗いもいいかげんで人との濃厚接触を繰り返していることが原因だと考えていると思います。もともと多くのヨーロッパ人がトイレのあとに手を洗わず、マスクをする習慣はまったくなかったわけですが、特に若者は重篤化しないということで行動が大胆になりがちです。

 日本は明治維新後、ヨーロッパに多くのことを学びましたが、その一つが公徳心です。近代市民社会は公益性を重視し、公共の場でのモラル、すなわち公衆道徳が重視されたのは事実です。しかし、今、そんなものは何もありません。背景には家族の崩壊や宗教離れもあります。

 そこで思い出したのが、古い友人でパリのソルボンヌ大学で東洋文学を研究し、今は引退している韓国人女性研究者です。富裕層だった彼女は朝鮮動乱で、さっさとパリに逃げ出し、勉学に勤しみ、博士号を取得しました。その時、大学側から2つの選択肢が示され、学生の授業を担当する教授になるか研究者の道を選ぶか提案され、即座に研究者の道を選びました。

 理由は「私は毎日、学内で礼儀も知らないモラルのない学生を見てきて、あんな学生たちを相手にするのは絶対に嫌だと思ったからだそうです。彼女は現在の北朝鮮の出身で厳格な儒教の教えを受け、見事に日本語の敬語を使いこなす人です。

 つまり、すなわち1960年代からフランスの若者が乱れていたのかと私は思い、今のマリファナパーティーで躍り狂う若者のルーツを見るようでした。逆にいえば、動乱で自国を去らざるを得なかった友人の道徳心には今でも感心します。
 
 一方、満州・大連で終戦を迎えた私の母は大連警察の通訳官だった父親のもとで育てられました。祖父は子供たちに口癖のように「朝鮮人を馬鹿にしてはいけない」といっていたの母を通じて聞いていたので、どんな理由だったのか尋ねたところ、興味深い話を聞きました。

 日本が満州を統治していた当時、朝鮮との国境に近い日本領事館にいた祖父は、子供の世話をする朝鮮人の女性を雇ったそうです。その女性があまりにも人柄がよく、感心するほど高い道徳基準で子供をしつけてくれたことで、大連に引っ越す時に一緒に来ないか誘い、付いてきたそうです。祖父も儒教に傾倒していたので、その朝鮮人女性に感心していたそうです。

 それとは別に通訳官だった祖父や母たちは、普通の日本人よりはるかに中国社会に入り込んでいました。当時の中国人(満州人)たちは祖父を慕い、日本人も驚くほど恩を忘れない人たちだったといいます。日中国交正常化された後、恩返しがしたいとわざわざ日本の祖父を訪ねた中国人の数人いました。

 その祖父は生前、今の中国人は別人だといっていました。中国語が分かる祖父にしてみれば、中国共産党がいっていることは嘘ばかりで、恩を忘れなかった中国もいなくなったと嘆いていました。

 異文化理解といっても、相手も変化しています。時代によって人間は変わるということです。中国も韓国も戦後、徹底した反日教育を実施し、その結果が今の彼らの日本観を形成しています。それも当然、ゆがめられたものです。

 コロナ禍で異文化接触が極端に希薄化する中、誤解が不信を生み、分断が深まりつつあるように見えます。特に急速に富んだ貧しかった国々の傲慢な態度は、独裁と権威主義によって世界に脅威を与えています。どんなにコミュニケーションツールが発達しても、人間には物理的接触が必要です。

 異文化理解の基本である固定観念や偏見を捨て、信頼関係を構築して新しい価値を生み出すことに集中したいものです。

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