Vaccination

 フランス人の妻は、新型コロナウイルスのワクチン接種に対しては半年は様子を見てから考えたいなどといっています。国民性に関するオランダの研究者、ホフステードの国民性指標によると、英国人は未確定な状況に不安を感じることが少なく、逆にフランス人はストレスを感じやすいという数値があります。

 実際、フランス人は未知のものに飛びつかない傾向があり、例えば電気自動車(EV)普及率は10月の調査でドイツの8%台に比べ、5%台と低く、フランス人の友人は未だにWindows7の入った古いノートパソコンを使い、安全ではないと忠告しても買い替える気配もありません。

 3年以上の検証が必要なワクチン開発が1年弱で承認されているわけですから、不安に感じるのも当然かもしれませんが、ちなみに英国人、アメリカ人、中国人は未知のものに極端なストレスを感じないというデータもあります。

 フランスでは今春、新型コロナウイルスの第1波に襲われ、ロックダウン(都市封鎖)した3月16日、マクロン大統領は演説の中で「これは有事(戦争)だ」と述べました。無論、本当の戦争ではなく、目に見えない新型コロナとの全面戦争に備え、国民から様々な権限を奪う措置に理解を求めるためのものでした。

 同時に公衆衛生上の危機は、経済活動の制限を伴い、なおかつコロナ禍は世界に広がったために人と物の移動が極端に制限され、結果的に経済危機につながりました。つまり、コロナ戦争は健康危機と経済危機を同時にもたらし、それは20世紀の2つの大戦の後に訪れた東西冷戦の有事以来の自由世界にとっての有事といえます。

 日本人は有事という言葉に極端なアレルギーを持っていますが、民主主義国家が有事という言葉を使う時は、国民に何らかの自由や権利の制限が加えられることを意味します。これは余程のことがなければ使わない言葉です。

 目に見えない敵との戦いという意味では、冷戦時代の核の脅威に似ています。なぜなら、核兵器使用は実際に使えば人類滅亡に繋がる自殺行為なため、バランスを保つための最強の抑止のツールだったからです。しかし、コロナは実際攻撃してきているわけで、冷戦以上の脅威といえそうです。

 この脅威を取り除き、健康危機と経済危機を救う唯一の方法がワクチンだといわれてきました。だから当然、ワクチンが政府によって承認されれば、誰もが接種に走ると思いきや、ワクチン接種に慎重な人が少なくないところが次に課題になっています。

 戦場で生物化学兵器が使われている時に、そのきわめて有害なガスを吸っても重症化しない特効薬があっても、その安全性が確認できなければ、人は接種を拒むのだろうかと思う状況です。無症状や重症化しない人にとっては不安の方が勝っているともいえそうです。

 実際に英国で新型コロナウイルスのワクチン接種が12月8日に開始され、2人が強いアレルギー反応が出たものの、もともとアレルギー体質で緊急時の薬も持ち歩いていたということで、深刻な副作用ともいえないとして、医療関係者は重症化しやすい高齢者への接種を続けています。

 フランス政府も医療従事者や重症化しやすい高齢者には年末、遅くとも年始には接種を始める方針を明らかにしていますが、「接種する」というフランス人は半数しかいないことが判明しています。

 フランス政府が11月に実施した18歳以上の男女2,000人を対象にした調査結果では、ワクチンを「接種する」と答えた人は53%、仏民間調査会社IFOPの調査では「接種しない」と答えた人の割合は61%に上りました。

 興味深いのは調査会社イプソスによる14か国を対象にした調査で、ワクチンを「接種する」との回答はフランス人は54%で調査対象14か国で最も低かったことです。英国は79%で大きな差があります。

 仏公共放送フランス2など複数のフランスのメディアは「ワクチン接種は慎重であるべき」「安全性を証明するデータは十分ではない」「勧められない」など専門家のネガティブな意見のオンパレードです。接種しようとしていた人も慎重にならざるを得ないような伝え方です。

 実は、その背景には国民性とは別の要素もあると思われます。それは自由と民主主義と有事の関係です。フランスはポジティブ、ネガティブ両面の情報を可能な限り、政府もメディアを提供し、国民が任意に判断することを重視しています。

 英政府は「ワクチンは救世主だが、問題は多くの人が接種してくれるかどうかだ」として、英BBC放送は「ポジティブに伝えなければ、人はワクチンを恐れる」と指摘しています。英国ではフランスほど、ネガティブ情報が行き交っていません。

 米政府の新型コロナウイルス予防策を担う中心人物の1人であるファウチ米国立アレルギー感染症研究所長は13日までに、全ての米国民がワクチン接種を受けた場合、日常生活の正常化は来年の夏あるいは秋の初めまでに実現する可能性があるとの見方を示しました。

 これはアメリカらしいポジティブアプローチですが、裏を返せば、多くの国民がワクチン接種を躊躇すれば、来年中の正常化は難しいということです。同所長は、正常化の到来はどれだけ多くの米国民が迅速にワクチン投与を受けるかにかかっているとの認識ですが、個人の選択の自由を最優先するアメリカでは容易ではなさそうです。

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