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 新興国にあって日本にないものは何ですかといわれれば、私は真っ先に「未来志向」をあげたいと思います。ある日系企業研修を担当した折、受講者には日本人、フランス人、英国人、韓国人がいました。中でも注目したのは韓国人受講者の口から飛び出す超未来志向の発言でした。

 この経験は、私が教鞭をとっていたフランスのビジネススクールで韓国人や中国人、ベトナム人の学生からも感じたことです。

 彼らが思い描く未来は、夢物語ではなく、たとえばデジタル化が進んだ場合の働き方が、どう画期的に変わるかなども含め、非常に具体的です。最も夢を描けないのはヨーロッパ人で、過去の繁栄があまりにも重くのしかかり、極端な変化に抵抗もあるのが透けて見えます。

 その意味で日本も例外ではなく、決定的なのはいつものことながら、非常に受け身ということです。もっと突っ込んでいえば、欲望が弱いともいえます。新興国の人々は当然ですが、豊かで便利な生活を実現するための欲望は先進国より強いわけですが、それより注目すべきは過去にこだわらないことです。

 厳しい言い方をすれば、過去はあまりにも貧しく、政治は常に混乱し、人々の生活は常に脅かされていた場合が多く、決して振り返ってこだわるような過去がないともいえます。どんな国にも伝統主義者はいますが、日本やヨーロッパのような世界に誇れる文明はそれほどないのも事実です。

 とにかく現状を改善したいという思いが非常に強く、過去にも現状維持にも関心はありません。それに後発メリットも大きく、最先端のテクノロジーはある程度移植は容易です。すると一挙に改善が起きる可能性もあります。

 実は、アメリカで活躍するアジア人は、日本人よりも中国人、韓国人、台湾人が多く、そこに優秀なベトナム人も加わろうとしています。彼らもまた未来志向です。アメリカの強みは過去がないことです。ヨーロッパのように非常に重たい過去があり、歴史的トラウマが足かせになるようなことはありません。

 そのアメリカで、同じ未来志向の新興国出身の優秀な人材が活躍するのは当然の流れで、ダイバーシティ効果を大いに発揮しています。アメリカで次々に新しいビジネスモデルが生まれるのは当然のことです。

 無論、未来志向には危険性も潜んでいます。フェイスブックの創設者ザッカバーグ氏は4年前の大統領選でSNSの政治利用が批判された時、公聴会でSNSが政治利用される事態を想定していなかったと語りました。未来志向のビジネスは時として社会を混乱に陥れるリスクもあるのも事実。

 とはいえ、ポストコロナは革新的な技術や公衆衛生を前提とした新しい社会の実現に向かって、次々に新しいビジネスモデルが登場するはずです。それが先進国からだけとは限りません。超未来志向で根拠のあるビジネスモデルに投資をしようという機運は過去より高まっており、その資金は先進国に集まる時代でもありません。

 無論、日本人の地味な努力の積み重ねで確実性を確保することも重要ですし、現実を無視した夢は時として危険です。しかし、実現可能な夢を語り、迅速に問題解決してくれるツールを開発する力は、過去にこだわりがない新興国、途上国にあるともいえます。

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