public speech

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森会長の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」発言について、その発言をその場で聞いていたJOCの山下泰裕会長の説明は興味深いものがありました。彼は「森会長は40分間話し続けたので、問題発言を指摘する機を失った」といいました。

 これを聞けば「高齢の男性リーダーがいる会議は時間が掛かる」と言い換えた方がいいと皮肉をいいたくなります。理事会の参加者たちは政治経験豊富でスポーツ界の隅々まで知っているドンの貴重な話を聞く機会と勘違いしているのかもしれません。

 同時に森会長の長話は、権威主義国家の中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領が会議で一方的に話す光景を想起させます。参加者は黙ってメモを取るだけというのは毎度の光景で、話し合いをする会議というより、独裁者の意向を拝聴する会ということです。

 フランス人の妻は「日本のメディアが、森会長に大なり小なり世話になっているため、何もいえないというのはまったく理解できない」とフランス人らしい感想を述べていました。いわゆる東洋に根強い報恩思想は西洋には、それほど強くないものです。

 日本には、すぐに人間崇拝してしまう日本人のメンタリティもあると思います。なかなか変えられないスポーツ界の悪習を豊富な人脈を含む政治力で改善してきた実績の前で黙ってしまうというのも日本人としては想像に難くない話です。

 会社にも森氏と同じような種類の人間はいます。終身雇用、年功序列のたたき上げで上り詰めてトップに立ったような人間の中には、部下の前で長話する社長や会長もいます。そこには日本の職人文化や、長幼の序を説く儒教、苦労を価値視する文化も影響しているのでしょう。

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の長の最も重要な仕事は、めざすヴィジョンを達成するためにブレないようにすることでしょう。多種多様な解決しなければならない仕事は山積みでも、それに翻弄されないようにして最初に立てたヴィジョンを実現するための軌道修正をするのがトップの仕事です。

 オリンピックの精神は普遍性の追求にあります。国にもたらす経済効果が先にあるわけでではありません。ロンドンのパラリンピックは過去最高の観客数を記録し、終了時のロンドン市内のパレードも最高に盛り上がりました。弱者にも同じ人間としての価値があるという普遍性を体現したもので、その普遍的理念を理解しているとは、到底思えない人物が理事会のトップにいることは問題です。

 まして理事会はトップが演説する場でも説教する場でも、ましてや自身の経験を自慢げに語る場でもありません。それにそもそも森氏が辞めることで出てくる支障は、何も具体的には語られていないようです。リーダーは非常に重要な存在ですが、1人では大きなことは何もできません。

 後進国ほど、その人がポジションを作り、余人をもって変え難いといい、その人がいなくなるとポジション自体もなくなるケースが多く、先進国では機能する組織のポジションが最初に設計され、そこに人を当てはめていくことで、大きなことができているわけです。

 後進性の強い国では、実力や実績のある人物のために次々にポジションが新設されるケースも散見されます。組織が全てではないにしてもリーダーは権限と責任が付与されるポジションですが、後進国ほど権限はあっても責任を取らない名誉職が増えていきます。

 一方的な長話をするリーダーは、今の時代にふさわしくはありません。報恩思想やメンツを優先する男性中心のリーダーシップは発展の妨げです。風通しが悪く、目に見えない忖度の必要な人間関係が存在し、若者の入る余地はありません。それでは変化の激しい今の時代を生き抜くことは困難です。

 無論、プライべートでは、報恩も忖度も重要です。日本の高いモラルを維持するための規範は大切にすべでしょう。しかし、それが公的組織を支配するのは問題があるという話です。森氏の貴重な経験談を聞きたければ、森氏を囲む会でもやればいい話です。

 私は、ある組織に関わり、長話するトップに閉口した経験があります。そこには生産性などありません。組織を動かすには下から上がってくる情報を常に正確に把握する必要があります。長話の好きなトップは往々にして聞き上手ではありません。全て分かっているという態度です。

 私は今、世界で浮上している問題の最大の課題は権威主義との戦いだと見ています。日本人はともすれば、寄らば大樹の陰、長いものに巻かれろ、出る杭は打たれろという受け身の姿勢で、権威主義を放置しがちです。

 それに責任を取ろうとしない権威主義は最悪です。権威主義は男性が作り出したものですが、決して人を幸せにすることはないことを歴史が証明しています。

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