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 フランス西部ブルターニュ地方の中心都市レンヌ郊外に住んでいた頃、せっかくの機会と思い、16世紀に統合されるまで独立公国だったブルターニュを徹底取材したことがあります。その時、日本人が知らない陸続きの国境の地政学的が意味するものを改めて再認識させられました。

 最近、世界的IT王国として知られる欧州連合(EU)のエストニアが、中国離れに政策の舵を切ったのを見て、長年、大国ロシアと国境を接してきたバルト3国が、なぜ、ドイツなどより中国に対する警戒感を強めているのかを考えさせられました。その時、国境という視点が心に浮かびました。

 独自のケルト文化を持つブルターニュ地方では、ディープな文化が残っているのは半島の西奥深いフィニステールに行くべきというのが一般的アドバイスです。ところが取材しているうちに分かったのは、中世末期、フランス王国と国境を接していたブルターニュ半島の付け根、つまり東側は、ブルターニュを守る最前線だったということです。

 最前線にはフジェールやヴィトレ、シャトーブリアンなどの城が建てられ、フランス王国軍の侵入を許さない体制が構築され、そこに住むブルターニュ人(ブルトン)のアイデンティティは明白でした。つまり、敵国の脅威に晒される国境に接する地域は、自国を守るためのアイデンティティが国境を接していない地域より強烈ということです。

 欧州の歴史は、地続きの国境を挟んで殺戮と闘争を繰り広げてきた歴史です。冷戦期には中・東欧諸国がソ連邦に組み込まれました。ロシアと国境を接するウクライナは、今でもロシアと軍事的緊張状態にあり、クリミア自治共和国が強引にロシアに編入されたのは6年前のことです。

 今のEU加盟国の中でも、ロシアと国境を接する中・東欧は、一時はソ連邦に組み込まれ、今でもロシア語が標準語になり、ロシア人がソ連邦時代に多く住み着いているため、ロシアの正体に精通しています。その危機感を共有できていないのがEUを離脱した島国の英国です。

 EU統合の深化拡大には、安全保障の観点からもロシアの脅威があったことは事実です。特に欧州に返り咲いた中東欧諸国にとっては特別な意味があります。同時に多くの国境に囲まれ翻弄されてきた歴史を持つ中東欧の人たちは、実際に付き合ってみると彼らの不信感と保身は強烈です。

 私がかつて住んでいたパリ14区アレジアのアパートの管理人夫婦はクロアチア人の老夫婦でした。そのアパートで知り合った隣人はリトアニア人夫婦でした。皆、冷戦時代にソ連共産党の圧政に苦しんだ経験を持ち、結局、フランスに逃げてきた人々でした。

 彼らはロシアへの警戒感が強いだけでなく、最近は中国への警戒感も増しています。理由はロシアと国境を接してきた経験からロシアと同じような覇権の野心を持つ中国も理解できるからです。

 バルト海からアドリア海に抜けるロシアと国境を接するEU加盟国では、中国国有企業が落札するとみられていた公共事業の入札を政府が中止するか、中国勢による入札参加や投資そのものを禁じる動きが相次いでいます。

 ルーマニアとリトアニアは一部の政府調達について、中国企業を幅広い分野で排除する措置を講じました。さらにスロベニア、クロアチア、チェコ共和国、ルーマニアは、中国企業が関与する原発、高速道路、鉄道網、保安検査機器、コンテナ船ターミナルなどインフラの政府入札を中止しました。

 リトアニア政府は今月17日「国家安全保障上の利益にそぐわない」として、中国の政府系保安検査機器メーカー、同方威視技術(ニュークテック)による国内の空港2カ所への製品供給を禁じました。その同日、エストニアの対外情報機関は17日発表の年次報告書で、世界が覇権主義中国のテクノロジーへの依存度を高め、「ロシアに倣って」中国は偽情報を拡散していると指摘しました。

 さらに「中国の外交政策理念の実践や人類運命共同体の構築は、中国政府に支配された沈黙の世界につながる」との危機感を表明し、今後は中国脅威論から対中強硬路線をとるアメリカと歩調を合わせる方向に向かうべきとしました。

 ロシアの脅威に今も晒されるエストニアの対外情報機関トップのミック・マラン氏は年次報告書の序文で、「(中国の)活動は毎年、新たな安全保障上の問題を引き起こしている」と指摘。「中国はロシアとの連携を密にしているが、中ロ関係もおおむね中国優位となっている」と指摘しています。

 中国の最大の戦略は米欧関係の切り崩しと、欧州内を分裂させ、弱体化させることで中国の経済力で抑え込み、広域経済圏構想の一帯一路に組み込むことです。中・東欧はその陸のルートに当たり、ギリシャ、イタリアは海路に当たるとされています。

 ロシアに支配された経験を持つ中・東欧に中国は手を伸ばしたことで、一挙に警戒感が高まった形です。一方、欧州連合(EU)統計局(ユーロスタット)は今月15日、昨年中国が米国を抜いてEU最大の貿易相手国になったと発表しました。

 ユーロスタットによると、2020年の対中貿易額は5860億ユーロ(約75兆円)に達したのに対し、対米では5550億ユーロ(約71兆円)。EUから中国への輸出は、2.2%増の2025億ユーロ(約26兆円)、一方中国からEUへの輸入は5.6%増の3835億ユーロ(49兆円)でした。

 無論、コロナ禍の特殊事情でコロナ禍から迅速に抜け出した中国が欧州投資を強めた側面もあり、今年もその状況が続くかは分かりませんが、仏独首脳の発言からは経済で中国依存度を高める流れを本腰を入れて断ち切るような方針は出されていません。

 巨大なインフラ需要が見込まれる中・東欧諸国は中国企業にとって格好の標的となっています。しかも欧州の競合勢をはるかに下回る価格を入札で提示することで落札する例が多いのが実情です。欧州の公共事業入札で中国企業(国有が大半)による落札が足元で急増する中、EUは昨年、異例の安価で落札を狙う域外企業からの入札参加を排除する指針を打ち出しました。

 安い入札価格の背景には中国政府の補助金があり、国際ルールに反するというに認識が広がっています。EUは昨年末中国との投資協定に大筋合意しましたが、欧州議会の承認でポーランドが反対し、バルト3国も反対に回る可能性が高まっています。

 しかし、中国離れの流れを加速させるためには、アメリカと日本の対応投資での協力が不可欠です。特に日本企業の積極的な投資が事態打開の鍵を握っているように見えます。

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