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 リスクマネジメントに「できすぎたストーリーを疑え」というのがあります。近くは昨年のアメリカの大統領選挙で行き交った陰謀論、ビジネスの世界でも、たとえばネット検索大手のアルゴリズムに埋め込まれた誰も知らない悪意の脅威論など、真偽が確認できない様々な陰謀論が世界に渦巻いています。

 アメリカが名指しする中国IT企業が自社のスマホやPCに組み込んだバックドアによる情報収集行為などは、ある程度事実として証明されていますが、今、最大のストーリーは新型コロナウイルスに関わる陰謀論です。疑惑は武漢ウイルス発生説から、ロシアワクチンが英アストロゼネカのコピー説などです。

 陰謀説はSNS上で増幅され、一般受けするスト―リーに作り替えられ、盛り上がっています。人は窮地に追い込まれると、誰かのせいにしたくなる傾向があります。新型コロナウイルスの中国陰謀論は欧米に広がり、アジア人狩りがあちこちで起き、日本人も巻き添えになっています。

 ネット時代は、陰謀論の捏造は非常に容易です。それまでは権威あるメディアからの報道が主流で、事実確認など裏取りし、専門家の検閲の上での客観報道がされていたのが、なんの専門的検証もなく、第1情報がコピーアンドぺーストされ、さらにはできすぎたストーリーに編集され、独り歩きする状況が加速しています。

 そんな中で「できすぎたストーリーにこそ陰謀が仕組まれている」と考える習慣が求められています。なぜなら経済活動の大半を占める情報活動で、事実でない情報ほど危険なものはないからです。明確な証拠もなく、何かわれわれの知らないところで大きな力が働いている人々は妄想しやすく、それが多くの人に不利益を与えています。

 私はナイーヴからしれませんが、根拠のない作り上げられた妄想は、一時的に成果を出せたとしても最終的には滅んでいくものだと確信しています。ポストコロナは、以下の本当の悪意を見抜けるかが鍵を握っていると思われます。

 ストーリーは強力なツールであることは確かです。なぜなら人はコンテクスト(文脈)によって物事を理解するように作られているからです。それはギリシャ、ローマ時代から存在し、キリスト教ではイエス・キリストが多くのたとえ話をすることで教えを広め、王権神授説は国を治めるツールとされ、ヒットラーはアーリア人の優位性を説きました。

 ビジネスの世界でも、アップルのスティーヴ・ジョブスが説いたワクワクする未来像も、ITのリーダーが好んで使う「世界を変える」という言葉にもストーリー性が込められています。パワフルなストーリーほど人々の心をつかみ、信じさせてしまいます。

 事実、欧米のビジネススクールではマネジメントクラスへの授業で、優れたストーリー・テラーになりためのスキルアップ授業は少なくありません。しかし、そのストーリーが未来に希望を与えるというメリットとは逆に、できすぎたストーリーに潜む不確実性の軽視が招くデメリットもあります。

 その典型が株の運用です。株でいくら儲かったというストーリーに人は大きな期待を持ち、株に手を出して大やけどする人は後を絶ちません。多くの場合、リスクすなわち不確実性については蓋をしています。唯一の根拠は確率計算で投資や保険では将来のリスクや不確実性の分析、評価等を数学的に行うアクチュアリーたちの分析があるからです。

 根拠という意味では、因果関係と相関関係の混同もあります。たとえば、「時間の経過」においては、朝には東から太陽が昇り、時間の経過と共に南から西へと移動していくので、「時間の経過」と「空の太陽の位置」には相関関係がある一方、この2つの事柄に因果関係はありません。

 できすぎたストーリーでは、よく因果関係と相関関係が混同されています。さらにビジネススクールが多用する成功例のケーススタディでは、結果を出した経営者のビジネスモデルをマニュアル化し、学びにつなげようとしますが、同様な環境、立場で失敗した例もあることが軽視されがちです。

 ベンチャーで失敗する例は、できすぎたサクセスストーリーを見て、自分の簡単にできると誤解してしまうことは多々あります。それを「運が悪かった」で片づけると同じ失敗を繰り返します。その意味では視野の狭さが判断に悪影響を与えている例が多いといえます。

 いくつもの視点を持てる視野の広さは、判断リスクを最小に抑えます。できすぎたストーリーに簡単に感化されたりしません。イスラム過激派の勧誘で流行ったのは、ネット上でゲームでしか手にできない武器で人を殺す経験が実際にでき、敵を倒せが天国に行けるというストーリー化したビデオを流してています。視野の狭い日和見主義の若者は刺激的アプローチに魅了されてしまいます。

 だからと言ってストーリーテリングが辞めりべきということはではありません自らを含め、ストーリーテリングは諸刃の剣であることを自覚し、悪意に用いないことです。科学者であり神学者で霊的体験を著したスウェーデンボルグは「地獄の底には、よくできたストーリーで人を騙し、地獄に導いた偽善者たちがいた」と書き残しています。そんな偽善者にだけはなりたくないものです。