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 今月19日にアンカレジで開催されたブリンケン米国務長官らと中国の外務高官らの初会合で、中国高官が米国を激しく叱責(しっせき)した場面は、未だに興味深いことだと思っています。理由は双方の言葉の欧州には異文化間コミュニケーションの大きなギャップがあると思うからです。

 ブリンケン米国務長官の冒頭発言は短く、友好的でしたが、米国が新疆ウイグル自治区、香港、台湾、米国へのサイバー攻撃、米国にとっての同盟諸国への経済的圧力などに関する中国の行動への深刻な懸念を抱いていることははっきり伝え、「こうした中国の行動は、世界の安定を維持するためのルールに基づく秩序を脅かしている」と述べました。

 これに対して中国外交トップ(中央外事工作委員会弁公室主任)の楊潔チ(よう・けつち)共産党政治局員は、2分間発言のルールを破り、通訳時間を含め20分にわたって「中国型民主主義」の優越性と米国の罪悪について力説しました。

 それもブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切)運動や人権問題のほか、米国が自国の管轄権や圧力を遠距離までひろげ、軍事力や金融覇権を利用して、安全保障の範囲を過剰に拡大していると批判し、「中国を批判する資格はない」とまで原稿なしに主張しました。

 さらに楊氏は米国が「自国の民主主義を他の諸国に押し付けるのをやめることが重要だとわれわれは考えている」と述べ、同席した王毅外相は古い歴史まで持ち出して「アメリカの常識が世界の常識というのは幻想にしか過ぎない」と米国を糾弾しました。

 世界のメディアは、この中国最高幹部の異例の感情的発言、(通常はルールに従って用意した原稿を読む)に驚き、中国の意図を探る分析報道が世界中で行われました。

 まずは日本の外交専門家分析は「表で露骨な対立を中国は演出しながら、米国と中国は今や上下の関係ではなく、同じパワーを持つ大国だということを印象付ける一方、裏ではバイデン政権に対して優位な交渉を進めるための場を確保するのが目的だったのでは」などの指摘がありました。

 つまり、非難の応酬に見せながら、過激発言には中国国内を意識した強気外交を見せながら、米国の出方を探るための方法に過ぎないという指摘です。1度は米国にいってみたかったことを外交の表舞台で習近平の指示通りに表明したことで中国への人権批判を跳ね除け、中国共産党の威光を示すのが目的だったというものです。あるいはできレースだったかもしれないと深読みする指摘もありました。

 一方、欧米メディアの反応は、楊氏の発言について「中国は、衰退する米国に対して戦略的に優位に立っているという自信を深めている」(米ウォールストリートジャーナル=WSJ)と報じ、「今は、世界のならず者大国がバイデン政権の決意を試そうとしている危険な時期だ。アンカレジでの中国側の長い叱責は、真剣に受け止めるべき警告だ」と社説で指摘しました。

 米国は無論、当事者で日本はどこかで高みの見物をしているわけですが、世界は米中対立の行方が世界に及ぼす影響を認識しており、真意を探ることに余念がありません。仏ル・モンドにしろ、英BBCにせよ、高官発言の言葉はそのまま報じ、行間や真意を探る報道は多くはありません。

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 理由は国内での常識の共有度が高いハイコンテクストのアジアでは、言葉よりも行間や本音を理解することが重視されているのに対して、欧米は常識への依存度が低いローコンテクストなので、言葉が全てだからという理由もあります。

 「あんなことをいっているけど、本当の気持ちは違う」というのが、アジアでよく聞く言葉です。大げさに強弁して、相手を怖がらせるのもアジアで用いられる交渉手法です。しかし、欧米はまず、もともとはキリスト教文明で、聖書の創世記には「最初に言葉ありき」とあり、言葉によって全被造物が作られたと信じられてきました。

 それに常識への依存度が低い多文化では言葉だけが頼りです。そのため論理性や発信力など言葉による伝える力が重視され、イエスがノーだったりすることはありません。米政府が韓国の文在寅大統領を信用しないのは、いうこととやることがいつもちぐはぐだからです。

 それにブリンケン氏は揚氏の米国批判に対して米国は「自分たちの欠点は認識している。われわれは完全ではない」と認め、改善を繰り返しながら成長すると述べましたが、その謙虚さは中国人にはまったく通じません。相手に自国の欠陥を認めることは弱さであり、保身でしかないと受け止められた可能性は高いといえます。

 「お互い完ぺきではないけど、協力して頑張りましょう」という日本でも聞かれる発言は、支配するかされるかの思考しか持ち合わせない中国では、米国の弱体化としか映っていない可能性があります。

 欧米諸国が、たとえば「互恵関係=Win Win」を中国が強調する時、それが相手を油断させる戦略とは長い間気づきませんでした。中国共産党の美辞麗句にいつも惑わされてきたのは、欧米諸国が言葉を重視するハイコンテクストだからともいえます。

 トランプ政権でようやく中国の正体に気づいた米国および欧州ですが、それでも言葉巧みな中国の外交戦略に翻弄され続ける可能性があります。そのため、発言の裏どり、確認作業を徹底し、相手に足元を見られないようにしながら、コミュニケーションの精度を高める必要があるといえます。

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