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 最近、フランスのマクロン大統領が自身も教育を受けたエリート官僚養成校の国立行政学院(ENA)を廃止し、新たな公共サービスに携わるリーダーを養成する教育機関を創設する方針を表明し、議論が沸騰しています。といってもENAそのものが日本では馴染みがないでしょうから議論の中身も分かりにくいでしょう。

 フランスはリーダー教育に熱心な国です。そのため、まず4年生の大学とは別にグランゼコールという基本3年間の専門高等教育機関があります。日本だと政治家や起業トップに多いのは東京大学の法学部や慶応、早稲田卒が多いわけですが、別に大学で指導者教育に特化した教育を受けているわけではありません。

 ところがフランスでは、たとえばENAに向かう学生の多くが通過する政治学院(シアンスポ)は帝王学も教えています。私の知人だった故エスマン教授は「日本の明治維新の指導者論」を講じていました。グランゼコールは実践力を重視しており、シアンスポやENAでは各行政機関での実践訓練が重視されています。

 私が教鞭をとったフランスのビジネス系グランゼコールでは、3年間のうち、10か月は企業研修でした。今は多少の下積みもありますが、多くの卒業生は少なくとも係長クラスからキャリアを出発させ、社会の上層部はエリート教育を受けたリーダーで占められており,叩き上げという発想もありません。

 ENAは政治系の頂点に君臨する学校で、1974年に大統領に就任したジスカールデスタン氏以来、マクロン現大統領まで6人の歴代大統領はサルコジ氏を除き、全てENA出身です。通称、エナルクと呼ばれる彼らは障害が保障され、政治家や高級官僚、国営系の企業のトップなどはエナルクで占められています。

 いかにも伝統のあるENAですが、実は歴史は浅く、1945年創設です。血筋や貧富による不平等をなくし、実力主義を重視するために設置されたENAは、学歴主義が批判される日本と違い、学歴が平等をもたらすとの考えでした。ところが最近の調査でも、ENAの学生の親の平均年収が非常に高いことが判明しており、新たなエリート階級社会を産んでいると批判されていました。

 ただ、日本と決定的に異なるのは、頭がいい人間がリーダーになるというだけでなく、シアンスポにもENAにも「頭脳に恵まれた者は、その頭脳を公のために使うべき」という基本的考えが存在していることです。そのため公益性を重視した教育が行われています。

 ところが頭脳が優れていても人間の悲しい性(さが)として、特権エリート意識が生まれ、傲慢になってしまうエナルクも少なくありません。特にキリスト教的価値観が薄まる中では、ビジネス系グランゼコール、ポリテクニーク出身の日産の元会長ゴーン氏のように強欲な金の亡者と化す人間も出てきているわけです。

 マクロン氏のENA廃校方針は、2018年暮れに始まった黄色いベスト運動の圧力の中で、政治や官僚のエリート主義に屈したとの指摘もされています。エナルクたちは中央政府の机上で頭だけで考えた政策を実行し、地方の一般庶民の実状など気にも留めていないという批判です。

 確かに私が教えていたビジネス系グランゼコールの学生の中にもエリート意識の強い学生はいました。フランスでは管理職の人間を「カードル」と呼んでいますが、カードル意識が強い人間は一般職の人間が担う仕事は絶対にしようとしません。実際、私の親せきのグランゼコール出の義弟は、2年以上失業していても職位を下げて求職することは決してありませんでした。

 黄色いベスト運動で批判されたエナルクの政治家や高級官僚ですが、実はフランスには相手の立場になって考えるとか、国民に寄り添う政治はありません。だから隣の英国と異なり、不満があればすぐに抗議デモを行うのも、そうしなければ政治家や官僚に声が届かないからです。

 主張しないと不利益を被る社会ということです。当然、生涯高い社会的地位が保障されるエリート、しかも富裕層出身者で占められているエナルクにとっては、庶民感覚は無縁です。「考えるのも決めるのも私」という考えが強いエリートたちは、年齢に関係なく愚かな一般庶民のために働いているという特権意識が強くなるのも当然です。

 エナルク批判は、左派メディアやポピュリストの餌食になっているわけですが、客観的に見ればENAそのものの考えが間違っているというより、ゴーン氏に象徴されるようにエリート層の劣化の方が深刻です。彼らの規範やモラルの低下、既得権益にしがみつき、現実と真摯に向き合わないことが散見されます。

 それはENAを廃校にして、新たな公共学院を創設したところで、どこまで改善されるのかは疑問です。ENA廃止批判者の中には、来年の大統領での再選を狙うマクロン大統領が、教育機関の最高峰を廃止することで庶民受けしようとしているとして「マクロンの政治的野心でENAは葬り去られる」との批判も出ています。

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