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 世界各国は今、新型コロナウイルスの変異種との戦いに入っています。同時にワクチン接種が本格化し、イスラエルや英国、米国では4割から6割の国民が1回目の接種を終え、新規感染者数、重篤率、死亡者数が減少し、成果を上げ始めています。

 一方でインドのように1日30万人の新規感染者が出る国、感染が止まらないブラジルなどの状況もあり、この世界のバラツキが人の国際的移動を妨げ、各国は厳しい渡航制限を実施中です。経済はすでにグローバル化しており、品目によっては輸出入に悪影響を及ぼしています。

 日本は3度目の非常事態宣言を都府県限定で発出中ですが、感染第3波を抑えられる保証はありません。予想では大型連休中の人の移動が抑えられることで、ある程度成果を上げられる可能性はありますが、東京五輪・パラリンピックを控えた特殊事情からすると、今の時期の戦い方とはいえない状況にも見えます。

 特にワクチン接種の遅れは、政府の調達能力や実施力が大きいだけに行政への不信感は高まる一方に見えます。マスクと手洗い、密状態を避けることは、世界的に見れば最も優等生的に守ってきたといえますが、一方で規制に対する補償が少なく、法的強制力が弱いため、非常事態宣言を出しても密状態は解消されず、営業を続ける飲食店もある状態です。

 フランスで最近、興味深いレポートが発表されました。フランスでは、昨年3月からの新型コロナウイルスの感染拡大の第1波で感染予防の医療用マスクや一般汎用マスクの不足が浮上しました。マクロン仏大統領は1年前、マスクの100%国内自給率を国民に約束しました。中国などにマスク調達を依存したために安定供給が危うくなったからです。

 仏公共ラジオ放送フランス・アンフォは今月25日、マスク国内生産の進ちょく状況と現状課題をレポート。1年前、国内のマスクの戦略的在庫は1億4,000万枚で入手可能なのは医療関係者に限られていました。昨年2月時点では、フランス西部アンジェにあるコルミ・オペン社(カナダのメディコム社の子会社)のマスク製造工場が主な国内の生産拠点でした。そのことは、このブログにも書きました。

 1年前、マクロン氏は「年末までに、完全な国内調達を達成する」と約束しましたが、仏経済省によれば、国内のマスク生産量は昨年1月の週350万枚から2021年1月からの第1四半期には週1億枚に増産され、製造会社の数も昨年1月時点で4社だったのが、現在は約30社に増え、目標は達成されているということです。

 一方、レポートではマスク製造業者が直面する課題も指摘しています。それはマスクのフィルターに使用する特殊素材の原材料不足です。フィルタリングに必要な原材料は主に中国から輸入されており、昨年来価格が上昇しているため、国内外での価格競争に苦戦しているそうです。

 今後の課題は、原材料の国内および周辺地域からの調達が価格競争の鍵を握ると同レポートは指摘しています。現状では中国製マスクの品質が安定していない中、多少高価でもフランス製マスクを購入する国もあり、医療用マスクはなんとかビジネスになっている状態です。

 一方、公開入札では安価の中国製マスクには勝てない状況もあり、解決には関連企業のさらなる投資が必要で、政府がどこまで支援することができるかが問われているとレポートは結論付けています。

 人口が日本の半分の6,000万人のフランスの感染死者数は10万人を超えており、日本の1万人に達していない数字だけ見れば、フランスの政策が参考になるとは到底言えないわけですが、マスク供給の外国依存に危機感を感じ、即座に対策に乗り出したのはフランスらしい自主防衛精神の現れともいえます。

 一方で英アストラゼネカや米ファイザー、モデルナ製ワクチンが欧州連合(EU)域内で製造されている状況があるにせよ、純フランス製ワクチンがないことへの批判の声も聞かれます。特に感染症で世界的に知られるパスツール研究所を有する国で独自のワクチン開発ができていないことへの国民の不満は大きいといえます。

 いずれにせよ、フランスの保健衛生上の安全保障への関心は、日本より高い点は学ぶものもあると考えられます。日本はビジネスとして成り立つかを先に考える国なので、国策という言葉は忌み嫌われる傾向があります。フランスは国際競争力を確保できないマスク産業を再生させたわけですが、考え方の違いは如実です。

 この発想の違いは大きく、フランスは演繹的アプローチなので、ヴィジョンの明確化による物事の優先順位を決めることは得意ですが、途中の改善は苦手で、今回のマスク産業の再生で浮上している原材料調達問題は政府によって放置されているとレポートは指摘しています。

 日本は逆に帰納法的アプローチなので、現実に対処することが優先され、物事は優先順位は曖昧なまま同時進行的に進められ、状況に合わせて改善することが重視される傾向があります。結果、手段が目的化するリスクがあることが何度も指摘されています。

 今の政府対応がそれを顕著に表していて、あれもこれも大切ということで、専門家の意見に引き回され、政治決定が右往左往しているように見えます。田村厚労大臣が「走りながら考えている」と言っているのは、行政機関の長としては仕方ありませんが、いかにも日本人らしい発言です。

 政治は本来、浮上する問題をその場しのぎで対処するのではなく、持続可能な発展に繋げていくために法改正して改善するのが仕事のはずです。特にコロナ禍は日本の国家としての安全保障を根底から変える機会を与えてくれているように見えます。

 それも東京五輪・パラリンピックという国家プロジェクトの実現という目標まであるわけですから、感染者数の上下で一喜一憂するのではなく、withコロナを覚悟して、保健衛生上の安全保障を徹底強化するように国が動くべきではないかと思われます。

 走りながら考えるのではなく、ヴィジョンや目標達成を考えながら走ることが重要です。道に迷った時は原点に立ち返るのは世界的に見て基本中の基本です。対策に追われた結果、五輪は開催できず、経済ダメージだけが残ったとすれば、それは政府の責任でしょう。

 政治家がwithコロナを覚悟し、持続可能な新たな世界のシステムの構築を考えなければ、特に日本に関心の薄いバイデン政権下では、日本のプレゼンスを高めることはできないでしょう。

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