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 米国の出版界では、政治本が収益を伸ばしているそうです。NPDブックスキャンがデータ収集を開始した2004年以降で政治本の売り上げは2020年、62%増加し、最高となったと米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は伝えています。

 米大手出版社サイモン・アンド・シュスターがマイク・ペンス米前副大統領の回顧録を出版する契約を結んだ件で、社内でひと騒動ありました。WSJは出版界のみならず、大手IT企業内でも、リベラル派社員が会社の方針に厳しい注文を付けている実態を明らかにしています。

 サイモン社内で起きた反発は、反トランプのリベラル派で差別や人権に敏感な社員によるもので、女性や人種、LGBTといったマイノリティへの差別と闘う人たちです。彼らの多くはキリスト教の価値観に基づいた道徳規範に反対しており、篤実な信仰者として知られるペンス氏の対極にある人達です。

 彼らの中心は、1970年代にヒッピーカルチャーともに広まった反権力、反宗教の左翼思想に傾倒したヒラリー・クリントンや、ジョン・ケリーなどの政治リーダーたちです。2016年の大統領選の候補者だったクリントンは、自分がトランプに勝利したら、就任式で聖書の上に手を置いて就任受諾する慣習はやめると公言していました。

 実は自分の愛用の聖書に手をのせて大統領就任を受諾したバイデン大統領はカトリック教徒です。さぞカトリック教会は歓迎していると思いきや、妊娠中絶やLGBTに前向きのバイデン氏に眉をひそめ、全面的な支持を行っていません。

 トランプ前大統領はIT企業嫌いで有名でした。なぜなら、IT系企業社員にクリントンを猛烈に支持したリベラルな若いエンジニアが多いからです。実際、グーグルやアップル、アマゾン社内でトランプ支持を表明した社員が袋叩きにあったりしていました。

 今回、サイモンのジョナサン・カープ最高経営責任者(CEO)は、ペンスの回顧録出版契約を破棄するよう要求した社内外3500人の署名に対して、明確に拒否しました。理由は昨年の大統領選で「7400万票の支持を集めた前副大統領は、幅広い国民の意見を代表している」からだとしています。

 つまり、出版社として政治的中立の方針を示した形です。さらに社員が主張する道徳的指摘は十分尊重すると前置きしながらの判断だとしています。また、連邦議会での最終採決でペンス氏が選挙結果を覆すための行動を取らず、「憲法上の責任を果たした」点も評価しているといいました。

 私個人は、ペンス氏の回顧録が出ればぜひ読みたいと思っています。なぜなら、アメリカの保守本流の重鎮で、前代未聞の性格を持つトランプ大統領を支えながら、最後は熱狂的なトランプ支持者から命を狙われながらも、毅然として議長として議会を守ったペンス氏の内心は明かされていないからです。

 無論、米国の出版界にも興味深い事情はあります。サイモンCEOが社内外の批判を抑えてまで出版を進める理由の一つに、大手出版社にとって政治本は成長エンジンだという点です。今やテレビや新聞のジャーナリズムは、保守かリベラルかの二者選択になってしまっています。

 ところが出版界はそうでない側面があるということです。これは世論形成にとって公正さを保つという意味で極めて重要です。特にリベラルメディアは彼らが気に入らないものは完全抹殺をめざすキャンセルカルチャーが主流です。これはかつての共産主義運動、今では中国、ロシア、最近ではベラルーシで起きている独裁国家が政権批判者を抹殺するのに似ています。

 西側の主要メディアまでが、反トランプで結束していたことを見ると、深刻な事態といわざるを得ません。メディアの報じ方次第で、何が今の主流の考えかを事実でない方向に誘導することも可能です。今はその意味で公正さは存在価値が薄れています。その意味でも米国の色分けを嫌う出版界の動きは興味深いものがあります。

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