フランスは新型コロナウイルスの抑制の厳しい規制が段階的に緩和され、6月9日には、さまざまな規制が解禁され、新たな感染予防ガイダンスが適応されます。中でもリモートワークを終え、多くのサラリーマンがオフィスに戻ることもできるようになります。
フランス人の多くは「職場で同僚と雑談ができるのが楽しみだ」といいます。さらにリモートワークで仕事が家に持ち込まれたことで、仕事とプライベートの境界線が曖昧化し、ストレスを感じていた人が多かったので、ようやく両者の線引きができるようになると安堵する人もいます。
新たなガイドラインによれば、職場での握手やハグは禁止、人と人の距離を保つのも必須。職場の食堂では、これまで1テーブル1人だった規則はアクリル板設置で座席間隔が狭められる一方、エレベーター内の定員や廊下の一方通行は維持され、会議は奨励しないものの、開催する場合は1部屋6人までで1人4平方メートルの確保と換気が義務付けられています。
期待されている社員同士の雑談は、2メートルの距離を保てば可能になるとしています。私が教鞭をとっていた仏西部レンヌのビジネススクールの同僚のワード教授は「チームワークにメンバー同士の雑談は欠かせない。これまでリモートでも同僚同士の交流を工夫してきた企業も多い。今後は対面でもリモートでも社員同士が交流できる方法が進化するだろう」と指摘しています。
フランス人にとってリモートワークのメリットは、いうまでもなく通勤の苦痛から解放され、中には都市を離れ、田舎暮らしを満喫する人が増えたことです。一方、デメリットは仕事が家庭に持ち込まれたことで、家にいるのに親はパソコンの前に座りっぱなしなのに不満を持つ子供たちも増えました。
デメリットには、業務の複雑化でチームワーク構築に必要な職場での同僚との雑談ができなくなったことをあげるフランス人も少なくありません。フランスなど南欧の人々はドイツや北欧の人々と違い、職場での雑談は仕事をする上で欠かせないものです。会話を楽しむ文化は職場でも重要です。
欧米のビジネススクールでは、仕事上重要さを増すインスピレーションや新たな発想を生む上で、多様な意見が行き交う雑談の重要性が注目されています。これがリモートワークで困難になっていたのは事実です。さらに多くの企業で先輩社員が後輩を職場で育てる環境が失われたデメリットも指摘されていました。
しかし、リモートワークからの解放で、最も大きいのは仕事とプライベートの関係を元の状態に戻せることだと多くのフランス人は言います。ただ、パリで社員400名が働くIT系企業の社長はリモートワークのメリットを認め、「感染が収まっても、働き方が元の状態に戻ることはありえない」と断言します。
そこで注目されているのが、キャリアパスの考え方をリセットすることです。一般的に昇進に伴い、仕事の重圧は増す一方、子育ても同時進行で親の役割が増していくのが普通です。父親が働き、母親は専業主婦だった時代は、男は仕事に集中し、キャリアを積むことにさえ専念していれば良かったのが、女性も働く時代に入り、親業も男女分業に変化しています。
これは世界的現象ですが、私が子育てしていた時代は、フランスの父親たちの子育ての責務は日本よりはるかに大きいと感じていました。学校での父母会は通常18時以降に行われます。なぜなら仕事をしている父親も参加するからです。実際、父母会参加者の男女比率は半々でした。
ここで問題になるのが職場では新人としてがむしゃらに働いた成果が昇進の時期に差し掛かる頃に、親として子育てへのコミットメントも増すために起きるジレンマです。多くの父親はできれば仕事に集中したいと考えます。昔流にいえば妻の内助の功のある人間しか昇進できないという考え方です。
そんなものがないフランスでは、夫を助けてくれる妻はいません。あるフランス人の友人は「30代後半になった今、リモートワークで子育てと仕事の関係を考え直した結果、地位と報酬を優先するより、子育てに余裕を持って取り組めるライフスタイルを確保できるキャリアパスを選択することにした。妻も賛成してくれた」と語っています。
何のために仕事をしているのか、何のために結婚したのかを考え、優先順位をリセットすることで40代、50代の人生を家庭を犠牲にして仕事に没頭することを選ばない人が少しづつ増えているということです。このメリハリの効いたライフスタイルが実は仕事の効率化にも役立ち、決して仕事を犠牲にしたことにはなっていないという研究結果も出ています。
日本の場合は、事情はさらに複雑です。さぜなら会社に対するエンゲージメントが欧米より強く求められるからです。上司だけでなく同僚は部下に迷惑をかけたくないという心理も働き、いきおい家族が犠牲になりがちです。技量やリーダーシップに欠ける上司がいる職場ではなおさらです。
生産性をあげることを現場の部下に押し付ける上司も少なくありませんが、生産性をあげることを考え抜くには上司の役割です。今は皆が同じ価値観で働いている時代ではなく、暗黙の了解、暗雲の呼吸でチームが動くことはありません。
コロナ禍後、リモートワークとオフィスワークが並行する時代に入るのは確実でしょう。その意味で仕事とプライベート、特に子育てとの両立の重要さは増す一方だと思います。リモートで普及した地域に縛られない働き方は、生活費が安く、自然環境の整った子育てに最適な環境確保の可能性も広がりました。選択肢が増すことで豊かな生活の確保は夢ではなくなっているといえそうです。
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