主要先進7か国首脳会議(G7)が行われるイングランドのコーンウォールは特別な地です。単に英国の誇るリゾート地というだけではなく、紀元前から存続するケルト文化が残る大西洋に突き出た半島です。日本ではほとんど話題にならない首脳の安全を守るのが容易な田舎町というだけではありません。
私個人にも特別な地です。かつて住んでいたフランス西部のブルターニュ半島は、実はコーンウォールとは親戚のような関係でブルターニュ、コーンウォール、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、マン島はケルト7地域といわれ、各地域は独自言語と極めて古い文化を持っています。
ブルターニュを何度も旅する中で、7つのケルト地域にやがて興味を抱き、訪れるようになると、あまりに極似した風景に不思議な感覚を覚えます。共通項は、大西洋の荒波と強風が押し寄せる断崖絶壁から眺める海の絶景だけでなく、不思議な霊感が漂っていることです。
それはヨーロッパにキリスト教が広まる以前の紀元前から存在した民族に伝わる神秘に溢れたケルト文化であり、やがてキリスト教徒融合し、信仰熱心な地となったこととも大いに関係がありそうです。さらに誰もが知るアーサー王物語の舞台であり、今ではゲームアプリとして人気を集めています。
英国で最も裕福な伯爵、コーンウォール伯リチャードが所有していた今は遺跡しかないティンタジェル城や、アーサー王物語にまつわる地は、7つのケルト地域にまたがっています。ブルターニュ半島再西端のラ岬の近くにあるドゥアルヌネ湾に浮かぶトリスタン島は、伝説の物語『トリスタンとイゾルデ(仏語ではイズー)』から命名された島名です。
悲恋の物語は、その起源が未だに不明とされ、紀元前の相当な昔から語り継がれたものであると今では見られています。伝説は時代ごとの実話と人間の想像力によって膨らみ、さらには文学や芸術の域に高められたものも少なくありません。
ブルターニュの対岸、英国コーンウォールの叔父マルク王に育てられた孤児トリスタンは、アイルランドに出没する巨人モルオールやドラゴンを倒した英雄騎士であり、最後にはアーサー王伝説の円卓の騎士の一人に数えられた人物です。
叔父マルク王との結婚を控えたアイルランドの女王イズーとの不倫は、媚薬によるものか、それとも媚薬は、ワーグナーがいう許されざる恋への贖罪のための心中に使われた毒入りワインだったのか、日本の近松の世話物の心中浄瑠璃にも通じる許されざる恋の物語は、人の心をとらえて離しません。
ブルターニュ半島の最西端ラ岬のある大西洋に突き出た地はフィニステール(最果ての地)と呼ばれ、コーンウォールも英国のフィニステールと呼ばれています。さらにブルターニュとノルマンディーにまたがる海の孤島にある世界遺産の僧院モンサンミッシェルと極似したケルトの聖地「セント・マイケルズ・マウント」がコーンウォールにあります。
そういえば、今回のG7で初の外交の場に登場したバイデン米大統領はアイリッシュです。つまりケルトの血を引く人物です。ジョンソン英首相はすかさず英米首脳会談で新大西洋同盟の話を持ちかけました。無論、ブレグジットで英米関係を最重視するジョンソン氏にとって、バイデン氏との関係構築は最重要課題です。
G7は日本を除く6か国が大西洋同盟の1員です。彼らのDNAにはケルトの血も流れているはずです。とはいっても、現実の世界は、その中心がインド・太平洋地域にあることは参加国首脳全員が自覚していることです。ジョンソン首相が大西洋同盟の再強化を主張しても、それは自由と民主主義、法の支配を掲げる価値観を共有する国の結束以外の意味はありません。
実際、今年に入り、英国やフランスは南シナ海などで海軍のプレゼンスを高めています。日米豪印のクワッドの方が安全保障上も経済面でも重要でしょう。特にインド・太平洋地域に関係の深い日米の役割は大きいといえます。
かつて魔術師や妖精が登場した霊感溢れるケルト伝説の地で、円卓の騎士(首脳)の主要テーマは新型コロナウイルスの感染の抑え込みと世界経済の立て直し、気候変動問題と並び、世界を脅威に晒す中国(ドラゴン)やロシア(巨人)への対処です。
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