フランス西部ブルターニュ地方レンヌ郊外に住んでいた頃、縁あってブルターニュ・ジャポンという文化交流協会で日本語講座を担当したことがありました。その時、レンヌ周辺の日系企業で働くフランス人が何人か受講していました。その一人、フィリップ氏は日本人と結婚し、日系大手精密機械メーカーに勤めていました。
彼はエンジニア系のエリート校を卒業し、30代で課長職に就いていました。当時、彼が仏中西部ラ・ロシェルに別荘を購入したので、遊びに来ないかと誘われたことがあります。「30代で別荘なんだ」と多少驚きましたが、フランスでは別荘を持つことは、ごく一般的です。
国立統計経済研究所(INSEE)」によれば、仏全土に約340万軒の別荘が存在し、全住宅の1割を占めているそうです。週末、パリから別荘に向かう車で高速道路が込んでいるのも日常の風景です。フランスの大手不動産会社Empruntisの調査によると、パリ首都圏の住人で地方への移住を夢見る人は54%と半数を超えているそうです。
それが昨年来の新型コロナウイルスの感染拡大で、自宅に閉じ込められることが多かったことから、狭いパリのアパートで巣篭り生活することに疲れ、本腰を入れて地方移住を考え、実行した人も増えたことは何度かこのブログにも書きました。
コロナ禍も1年以上経つと、本格的に家族で田舎に引っ越す人、田舎を本宅にして、パリにも寝泊まりできるアパートを確保する2拠点生活(デュアルライフ)に切り替えた人、さまざまな形があるようです。特にEmpruntisによると、ディアルライフ実現のための家探しが新しいトレンドといっています。
条件は人口900人以下の田舎だが、大都市に車で30分で行ける距離、理由は大病院や大型スーパー、役所、学校、そしてパリまでの高速鉄道駅が近いことです。大都市郊外には大型ショッピングセンターもあるのも重要です。無論、その村で高速のインターネットが繋がることもリモートワークの必須条件です。
受け入れる田舎も過疎化で警察の駐在所が消え、郵便局が消え、クリニックが消え、肉屋が消える状況を救ってくれるとなると、ネット環境を整えるのは当然です。さらに村によっては、仕事ブースの施設を準備する場合もあります。
せっかく田舎に引っ越したのに、仕事とプライベートを完全に切り離せないリモートワークでは、貸しブースは助かります。無論、パリで60平方メートルのアパーとに5人で住んでいたような家族にとっては、その2倍、3倍のスぺースを確保できる田舎暮らしでは、自宅に専用の仕事部屋確保も難しくはありません。
封鎖措置が解除された今、職場に復帰する動きがある一方、多くの会社経営者が完全に元に戻ることはないだろうといっています。特に管理職の場合は田舎志向が顕著です。仏管理職専門の就職斡旋会社Cadremploiの調査によれば、パリの管理職10人のうち8人以上がパリを離れたいと考えている統計が昨年8月に発表されました。
フランス人管理職者の田舎への移住の動機は、より良い生活環境(89%)、ワークライフバランス(67%)、気候(57%)の順となっており、パリに住む管理職の15%が田舎に、13%は小規模の村に引っ越したいと考えており、一昨年に比べ、それぞれ36%と29%も上昇しています。
企業側は優秀な人材確保に、リモートワークがオプションとして選べる方が魅力を与えると考え始めているようです。しかし、完全なリモートワークは難しく、定期的に出社して対面で会議をしたりする必要もあり、結果的にデュアルライフになるケースも増えているわけです。
興味深いのは、フランスのメディアには、田舎暮らしを実現した人々の様々な体験談が紹介されています。最も移住先で人気の高い仏南西部ペイ=バスク地方に引っ越した人の中には「ビーチが自宅から歩いて10分なので、毎日、夕方家族でビーチで過ごしている」という人もいます。
さらに田舎には文化的活動はないと思っていたのが、実際には忙しいほど多種多様な活動があり、満足しているという人もいます。中には村に新築されたアパートの住む人もいて「庭は世話が大変だからいらない。アパート周辺の大自然が庭のようなものだ」という人もいます。
『田舎のルネッサンス』の著者ヴァンサン・グリモー氏は「都市は仕事、余暇、文化が集中することでメリットがあったが、今はデメリットの方が強く感じられるようになった」と指摘しています。さらに「今後、都会人が多く田舎に引っ越せば、都市と田舎の様々な格差はなくなっていく可能性が高い」とも言っています。
生活の質を追求するために田舎に引っ越すわけですから、彼らが田舎を変えていく可能性もあるということです。都市集中をもたらした産業化社会は、デジタル革命で過疎化に悩む田舎に新たな風を吹き込んでいるといえそうです。
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