誰でも1度は組織に縛られずに自由に生きたいと思うものでしょう。最近、リモートワークが半年以上続く日本の金融機関に勤める日本人女性が「上司から、そろそろ出社して仕事しろといわれているけど、自宅で仕事はこなしているので別に出社する理由がないと断っている」という話を聞きました。
彼女は会社を辞めるつもりはないといいますが、会社に一生仕えようという気もないといいます。終身雇用が消えつつある日本では、どんなに会社への忠誠心を示しても会社側に一生面倒見ようという意志もないことを考えれば当然といえるかもしれません。
昔、作家の丸谷才一氏が書いた『たった一人の反乱』という小説がありましたが、当時の社会の矛盾に抵抗する人の生き方を問うような大げさな主張は何もありませんが、自室で会社に一人で小さな抵抗をしているようなものです。会社もコロナ禍の特殊状況は初めてなのでルールがなく、当惑状態といえるでしょう。
デジタルノマドという言葉を最近見かけます。パソコン1台で世界を旅しながら、しっかり仕事もしている人のことです。ノマドは遊牧民という意味ですが、実際に遊牧民のルーツを持つ欧米人には共感度の高い生き方です。
ヴェニスのホテルのベランダから水上都市の風景を眺めながら、あるいはフランスの田舎で田園風景に囲まれて、仕事することに憧れる人もいるでしょう。私自身もパリでフリーランスになった時、ヴァンセンヌの森で原稿を書けたらいいなと思ったものです。
働く人を幸せにする組織はなかなかないものですが、フランス人は職場で溜めたストレスを癒すために1か月のヴァカンスは絶対に必要だと主張します。
米系大企業に勤めるフランス人の友人はアメリカ人上司を観察し、「アメリカ人は朝7時には職場に到着し、仕事を楽しみ、午後3時には帰宅し、プライべートな時間を楽しんでいる。だから、彼らは2週間のヴァカンスで十分なのさ」といいいます。
フランス人は嫌々ながら職場に向かい、職場では人間関係にストレスを溜め、夕方6時、7時に帰宅し、たまにジムに通う以外は、ボーっとテレビを見て過ごし、週末は親せきや友人と食事をするパターンが一般的です。半年ストレスを溜めて夏のヴァカンスで癒し、後半に臨むわけです。
憧れのデジタルノマドは、実は相当なリスクを抱えている。まず、日本企業はスキルだけで人を雇う習慣が希薄で、新卒採用で会社の色に染めながら、愛社精神を養うパターンが多いのでデジタルノマドへの安定した評価は望めない場合が多いでしょう。
それにどんなことがあっても一人で生き抜いていく良い精神力も必要です。私は海外駐在員へのアドバイスで、どんなに海外で居心地が良くても会社を辞めて、現地で自分でやっていこうなどと思わないことだと忠告しています。理由はそれで成功した人にはほとんど出会っていないからです。
駐在員は企業のバックアップによって、その地で最も安全な高級住宅地に住み、家賃も水道光熱費も子供の教育費も会社払いです。居心地が悪いわけがありません。支給される車も高級車で駐在期間はセレブ生活などという場合もあります。ところが自立すれば全ての費用は自己負担です。数年も経てば貧困地区に移り、妻は逃げ帰った例もあります。
フランスなどは社会保障制度でがんじがらめなので、日本のように自由に仕事はできません。制度そのものが古い階級社会に根差しており、自営業は医師や弁護士だけで、小さな自営業は社会保障負担が高額でとてもやれません。そんな知識もなく会社を辞めれば、大変なことになります。
デジタルノマドは新しい働き方ですが、新しいだけにリスクの山です。無論、向いている人は実行すればいいのですが、憧れだけでは成功しません。それに社会が受け入れるのにも時間が掛かります。その開拓者になる気概も必要です。
最近はリモートワーカーの世界的なコミュニティーもあり、自分たちで働くスタイルを守っていこうという動きもあります。いずれにしても会社が買ってくれるスキルがなければ、何も成り立ちません。それに売れるスキルも時代とともに変わる不安定な状況にストレスを感じない人間である必要もあります。
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