会社へのエンゲージメントが重視されているのは日本だけではありません。無論、一生同じ会社で働くことが普通の終身雇用が存在しない欧米諸国でも、会社や組織への従業員の愛着心や思い入れであるエンゲージメントの強弱はありますが、マネジメントでも重視されています。
エンゲージメントは、忠誠心や帰属意識とは分けて考えられていますが、たとえば義弟のミカエルは、毎年走るパリマラソンで、会社のロゴが大きく入ったTシャツを着て同僚と一緒に走っていて、最初にそれを見た13年前、驚きを隠せませんでした。やはり何らかの帰属意識がフランス人にもあるんだと思いました。
実はコロナ禍で働き方に大きな変化が世界中で生じており、経営者側は頭の切り替えを迫られています。たとえば欧州の多くの国で、昨年3月に新型コロナウイルスのパンデミックが起きて以来、リモートワークが奨励されました。実際、職種にもよりますが、リモートワークも職場で仕事をしていた時と同じ成果を出すのに相当な時間をようしたことが、大手数社の調査会社の報告で分かっています。
仕事と私生活をうまく組み合わせて、生産性を上げていくのは容易なことではありませんでした。ところが多くの企業がWithコロナを受け入れたわけではなく、コロナ有事の特別な期間を過ごしているだけであって、職場に全員が集まって働くコロナ以前の状況に戻ると考えているケースが多いといわれています。
リモートワークで働き方が多様化したとか、月数回程度、会社に出るだけで、基本は自宅でリモートワークといデュアルライフで憧れの田舎暮らしを手に入れたとか、様々報道されてきましたが、実は会社の上司は完全出社体制に戻すつもりだったという例も少なくないのが現実です。
英BBCはフランスの金融機関で10年以上、資産管理部門で働いていた女性が、上司からフルタイムで職場復帰するよう要求され、結局辞めてしまった例を紹介しています。彼女の夫はロンドンでいい仕事を見つけ、自分はリモートで仕事ができると思い、ロンドンに引っ越したばかりだったそうです。
そのことを上司に話しても聞く耳を持たれず、リモートワークの苦労へのリスペクトもなく、当たり前のように職場復帰するようにいわれ、不快感もあって辞めてしまったというわけです。彼女が会社に求めたのは「働く柔軟性」で、それを会社は受け入れなかったというわけです。
実はこの例にあるように経営者側の多くが、コロナ禍で社員の働き方を根本的に見直す努力はせず、コロナ危機が過ぎ去れば、完全に元に戻ると考えているという調査報告もあります。リモートワークのためにDXを進める一方、そのコストが大きいため、リモートワークを前提とした設備投資には消極的な企業も少なくないというのが現状でしょう。
中でも企業が心配するのは社員のエンゲージメントの変化です。人間は同じ職場で毎日顔を突き合わせて働くことで、エンゲージメントの醸成されるわけですから、リモートワークでは、なかなか強化するのは難しいのも事実です。
コロナ禍で従業員のニーズや好みが変化してしまっているのに、会社側はパンデミック以前の従来の働き方に戻る準備ができていない社員に対して不満を持っているという状況では、エンゲージメントを育てるのは困難と思われます。
世界中の大学やビジネススクールで研究を進める多くの専門家は、企業が競争力を維持するために必要な社員のスキルを最大限発揮するためには、労働市場のニーズに耳を傾け、迅速に適応する必要があると指摘しています。実は雇用者と被雇用者の平等性が高いといわれる欧米でも、未だに雇用者側が上だという意識は消えておらず、従業員の要望は無視されがちです。
しかし、エンゲージメントというマネジメントの重要な要素は、簡単には育ちません。雇う側と雇われる側がWin Winの関係でなければ、質の高い人材は確保できないし、エンゲージメントは強化されません。
特にコロナ禍がもたらした喪失感や大切な人を失った経験、戦争同様自由が奪われ、人間関係構築に欠かせない接触も制限された経験は、経営者が考えるよりはるかに人間に深い影響を与えていることは否定できません。
つまり、コロナ禍がもたらしたリモートワークの日常は形式の話ですが、実はメンタルヘルスに深い影響をもたらしたことこそ重視すべきだということです。実際、BBCが紹介した女性の辞職の最大の理由は、上司が彼女のメンタル面にまったく配慮しなかったことへの失望感でした。
東京五輪の総括でBBCやル・モンド紙を含む複数のメディアが、選手の想定外に行動で米体操のシモーネ・バイルズ選手が、メンタルコンディションを理由に決勝戦さえも棄権して自分の身を守った姿勢を高く評価し、アスリートはショーの見世物ではなく、繊細で傷つきやすい心を持った人間だということを示した意義は大きかったと評価しました。
会社の従業員も下僕ではなく、心を持った人間であり、常に会社側は従業員のメンタルヘルスに配慮すべきという点が、コロナ禍で浮上した重要な変化と思います。本音を抑え込んで建前だけで頑張る日本人も、本心でどう思っているのか、メンタルヘルスは大丈夫なのかに注目する時代が来ているということです。
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