economic-growth_

 今や気候変動と格差問題は世界の中心議題になっています。理由は気候変動は実際に自然災害など経済活動に大きなダメージを与え、格差拡大は社会を不安定化する可能性があるからです。投資はサステナブル債やグリーン債、ESG債(環境・社会・企業統治)市場が活況を呈しています。

 しかし、ここで前提となる気候変動と格差を単純に悪と決めつけ、あたかも諸悪の根源は企業や投資家などの富裕層、政治家など権力者にあると決めつける論調には左派の匂いが漂っています。脱成長とグリーン政策こそ世界を良い方向に変えられるという左派の新経済学の主張です。

 アメリカは長い間、経済活動優先で欧州がけん引する地球温暖化対策に消極的と批判され、ヨーロッパは優等生を気取っていました。しかし、経済においてはどちらも利潤追求と成長を重視するところでは共通項はありました。

 ところが世界1厳しい環境政策で知られるヨーロッパは、実は今年は大きな岐路に立たされています
。今年末までに原発全廃予定のドイツは、それで失う電源量を天然ガスで繋ごうとしていますが、ウクライナ危機でロシアとドイツを直接結ぶノルドストリーム2のパイプラインの使用開始が危ぶまれ、さらにはエネルギー価格の高騰にも見舞われています。

 欧州委員会としては、持続可能な経済活動を分類する「EUタクソノミー」の投資促進リストに原子力や天然ガスを補完的に含める方針ですが、原発全廃のドイツなどが「時代に逆行」などと抗議の声をあげています。原発全廃を急いだあまり現実的な経済的合理性を欠き、矛盾が生じています

 格差問題では、アメリカはもともとアメリカン・ドリームなので勝者と敗者が出るのは当然で競争が発展の原動力と考えているので、貧富の差が拡がるのも当然の結果という考えです。一方、ソーシャルセキュリティネットを敷いて、誰も脱落者を出さないシステムを優先してきたのがヨーロッパです。

 そこで今年はアメリカ型資本主義とヨーロッパ型資本主義の違いから、新たな自由市場主義のあり方を模索する動きが加速しています。日本は成長と分配の新たな資本主義を岸田政権が標榜しています。

 アメリカ型は自由競争最優先で勝ち組は天井知らずの成功を収めることも可能で、事実、GAFAはそれを体現しています。そこでバイデン政権は、米連邦取引委員会(FTC)のトップに左派のリナ・カーン女史を据えて、独占を抑え込もうとしています。

 ヨーロッパ型では高率の社会保障税が企業に強いられ、多くの規制で縛ることで脱落者を出さない平等優先の考えです。そのためGAFAは低税率のアイルランドに租税回避していたことで、巨額の罰金を科されました。フランスではオーランド左派政権で企業や富裕層への増税を実施した結果、英国やベルギーに富裕層は逃げてしまいました。

 一方、アメリカでもヨーロッパでもEUタクソノミーとも関係のあるSDGs債やESG債が活況を呈していますが、果たして環境問題と企業や投資家の利益にいい影響を与えるか疑問の声も上がっています。つまり、2頭を追う者は1頭を得ずとなる利益相反現象の矛盾が露呈し、批判の声があがっています。

 アメリカ型では、富裕層が貧困層に寄付する文化が定着しているので、格差の問題ではなく「貧困問題」の解決が中心です。そのため格差という言葉を使うのは主に左派の民主党支持者です。一方、ヨーロッパでは弱者救済だけでなく、全ての人が人間ら敷く生まれ、人間らしく生き、人間らしく死ぬ平等意識が重視され、格差を問題視しています。

 ところが実際には、経済成長が大前提の福祉国家建設で、ヨーロッパは低成長時代に入った30年前、財政赤字は膨らみ、ヨーロッパ企業の製造拠点は中国に移動し、国民に約束した社会保障を削減するわけにもいかない中、相も変わらない社会主義的な左派政策はフランスなどでは人気を失っています。

 高失業率と貧富の差拡大で富の偏りは激しく、ヨーロッパモデルも大きな変革を迫られています。この期に及んで左旋回したドイツの衰退の危機を指摘する声もあり、逆にマクロン仏大統領に一定の支持があるのは、経済通でフランスの経済を元気にしてくれていることへの評価があるからです。

 今のところ、規制を緩和し財政出動し、高収益を上げられる企業を政府が後押ししながら、その企業から得た税収を貧困層に振り向けるくらいしかできないのが正しい判断とされています。高率税制では企業は逃げていくし、アメリカン・ドリームは達成できません。資本主義の発展原理は欲望が最大の原動力だからです。

 一方、ESG信奉者は、温暖化ガスを排出する部門の売却などをする企業に投資することが環境対策に繋がるといっていますが、買った企業は温暖化ガスを排出し続けるので何も変わりません。収益が減るのを覚悟で温暖化ガスを排出しながら高収益を上げている部門を閉鎖するくらいの覚悟が必要ですが、投資家は引いていくでしょう。

 そもそも健康な人間を前提にしなければ社会は成り立たないはずなのに、健康な人が活躍するより、格差を諸悪の根源として元気な人間の手足をもぎ取り、脱成長と貧困層に焦点を当てる政策では全員が死んでいくしかありません。

 あとは道徳的な意味において、より恵まれた者がより全体のために生きる精神を強化するしかありません。それは制度やシステムではなく、人間の道義的問題です。強引に元気な人や企業から自由と富を奪おうとすれば、その国から彼らは逃げていくでしょう。