欧州連合(EU)は23日、ウクライナとモルドバをEU加盟候補国に格上げすることを決めました。それ自体は大きな一歩ですが、欧州委員会のフォンデアライエン委員長は「当然今後、厳しい審査を行うので何年もかかるかもしれない」と付け加えました。
ウクライナへのロシア侵攻が始まって以来、最も国民性の負の部分が露呈しているのがドイツでしょう。オランダの人類学者ホフステードによれば、ヨーロッパの中でドイツは不確実性に極度の不安を感じる慎重派で、悪く言えば臆病な国民性を持っています。
歴史的に戦争に明け暮れ、領土や民族間の争いが絶えない中央ヨーロッパの宿命ともいえますが、自己保身が人一倍強い内向きの国民性は、今回のウクライナ危機のような場合、とても指導力を発揮する国とはいえません。
彼らは今、ロシアからの天然ガス供給が一方的に極端に削減されたことで、この冬を越せるかどうかで頭がいっぱいです。あくまでこだわってきた原発ゼロを年末までに達成するという執念は温存し、今では天然ガスよりはるかに温暖化ガスを排出する石炭発電復活に余念がありません。
一度決めたことは守り通すといえば、高邁な精神に見えますが、変化の激しい現実への対応力は柔軟性が乏しいために弱く、ヨーロッパで最もIT産業育成が遅れた国でした。特にドイツに長年浸透した社会民主主義というイデオロギーへのこだわりも日本人の想像を絶しています。
冷戦終結後の1990年代、当時、保守系国会議員でドイツ鉄鋼連盟会長だったルプリヒト・フォンドラン氏にインタビューした際、つい「社会民主主義が限界に来ているのでは」と質問して、憤慨させてしまったことを覚えています。
彼は保守系にもかかわらず「社会民主主義は不動のイデオロギーだ」といいました。無論、それから25年以上が経ち、ドイツも様変わりしましたが、興味深いのはショルツ首相の出身政党である社民党は、彼らの平和理念から最もウクライナへの武器供給を嫌がり、ウクライナの欧州加盟にも後ろ向きだということです。
むしろ、社民党より左と見られる連立政権の一角をなす緑の党はウクライナ支援で積極的で、EU加盟にも極めて前向きです。さらにはエネルギー政策で柔軟な姿勢を示しています。
日本同様、敗戦国で戦後、平和思想漬けになったドイツは、戦争とは関わりたくないのは当然ともいえますが、今回の戦争はドイツに難民が押し寄せ、経済を直撃し、戦争危機さえ迫っているにも関わらず、平和ボケで現実対応能力がない姿を露呈しています。
ウクライナ危機の長期化の要因の一つは、戦争の当時地域である欧州に、目立った指導者がいない事です。メルケル首相は特筆すべき指導者でしたが、ロシアと抜き差しならない経済依存を深めた責任は断罪すべきものがあります。
ただ、優れた政治指導者は国民や世界に対して、どれだけ心を動かすメッセージを出せるかで決まることを考えれば、たとえば2015年にシリアやイラクから大量難民が欧州に押し寄せ、トルコの海岸に子供の遺体が打ち上げられている姿を見て、「放置はできない」といって100万人の難民受け入れを表明したのもメルケル氏でした。
その後、受け入れ過ぎたイスラム教徒が様々な問題を起こし、ドイツ国民の批判を浴びましたが、それでも政治家としての指導力は評価すべきものがあります。今、心で国に方向性を与え、行動する指導者はヨーロッパ大国に見当たりません。
これは新しいことともいえず、ヨーロッパが新型コロナウイルスに襲われた時にも露呈した問題です。2020年2月、もしEU指導者トップのドイツ人のフォンデアライエン氏がEU域外からの渡航者を完全に制限する決断をしていれば、230万人もの死者を出すことはなかったでしょう。
規則と観念に過剰にとらわれるドイツ人は、目に前におぼれていて今にも死のうとしている人を見ても、まずは規則や観念で検討を始めるという側面があります。
EU最強の国ドイツはEU内での言動で大きな影響力を持っています。エネルギー危機でドイツ経済が傾けばEU経済も傾くという現実を突きつけるドイツの態度は褒められたものとはいえません。
私が最も懸念することは、今の欧州にウクライナ危機を早期に収拾させる指導力を持った指導者がいない事です。期待されたフランスのマクロン大統領も、ロシアに近いポーランドやバルト3国からすれば、クレムリンには弱腰です。
EUの指導者たちはまた、ウクライナを経済的かつ軍事的に支援するという誓約を繰り返しています。ところがウクライナにいわせれば、要求した武器の10%しか届いていないといっています。モスクワの軍事攻撃が長引くほど、EU内およびより広い西側同盟国内で統一行動を維持することが難しくなるはずです。
一方英国人は今、ブレグジットしたことの利点を享受しています。なぜなら、伝統的なEUの大国であるドイツ、フランス、イタリアよりも、ボリス・ジョンソン首相とリズ・トラス外相の方がロシアに対して非常に率直に発言しており、国民の合意も得ているからです。
パリやベルリン、ローマの指導者は囚われた多国化間主義の観念と戦争後のロシアとの関係を気にしすぎて、ロシアとの敵対関係は最小にしようとしています。過去に宥和策で成功した試しもないのに、EUの指導者は腹が座っていません。
それにEU西側大国の指導者は国内で支持を失いつつあり、このままロシア制裁を継続できるかも怪しくなっています。さらにウクライナでの紛争が広がり、核兵器使用への懸念も高まり、ますますEU指導者は臆病になっています。
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