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  「ショールのポーランド人女性」1928年 モイズ・キスリング musee d’Art moderne de Ceret, 2022 c Guy Boyer.

 ヨーロッパ人は夏の2か月間、太陽を求めて南へ南へと移動します。それも1週間というわけではなく、少なくとも3週間は太陽を浴びようと南に長期滞在します。人気はフランス南部、スペイン、イタリア、ギリシャなどです。

 コロナ禍で動けなかったフランス人が、今年は再び感染が拡がる中でも太陽を求めて南へ大移動を開始、7月組と8月組の2つのグループが交代で移動しています。とはいえ、今年は熱波に襲われ、行った先のキャンプ場や貸別荘が山火事に襲われ、散々のヴァカンスという場合も多いのが実情です。

 毎年夏に人口が急増するフランス南部では、さまざまな充実したイベントを開催し、人々をひきつけています。有名なアビニョン演劇祭は現在開催中ですが、音楽コンサートも南仏だけでなく、スペイン、イタリアでも開催され、それを目当てにリゾート地に向かう避暑客も少なくありません。

 最も避暑客という言葉は適切でないかもしれません。気温が上昇する夏に最も気温の高い地中海をめざすわけですから。しかし、実は朝晩の気温は今年のように6月から熱波が襲い、異常気象が続くならともかく、実は南仏も朝晩は冷気さえ感じる涼しさで、リフレッシュには最適です。

 ただ、夏の数週間を南仏で過ごす日本人は多くはいないのですが、ヴァカンス時期の地方の美術館の企画展は興味深いものが少なくありません。

 たとえば、ピレネー山脈の麓、スペインと国境を接する小さな村セレにある近代美術館では「エコール・ド・パリ(1900-1939)シャガール、モディリアーニ、スーティーンたち」展(11月13日まで)が開催されています。

 かつてカルメル会修道院だった17世紀の建物内にセレ近代美術館が誕生したのは1950年。同美術館はセレにゆかりの芸術家作品を収集し、多くの巨匠たちの寄贈やコレクターが協力し、初期のコレクションを完成させました。

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   自然に囲まれたセレの村

 たとえば、ピカソの闘牛シリーズの陶器作品の灰吹皿28枚、マティスが1905年滞在時に描いたデッサン14枚などです。1990年代以降、増改装工事をきっかけに20世紀にセレで繰り広げられた美術史上のムーブメント、つまり、エコール・ド・パリの画家たちが美術史を変える運動を同地で展開した意味が再注目されるようになりました。

 パリから避暑地セレに移動してきた野心溢れる芸術家たちが、どんなインスピレーションをセレで得たかは重要な視点です。さらに山間のセレから東方約20キロの地中海に面したコリウール、そこから南に下ったスペインのコスタ・ブラバは、キュビスムのメッカとも呼ばれ、20世紀美術を決定づけた新様式が生まれた地の1つです。

 セレは2007年、「人口2万人以下の町のフランス国内美術館の格付け」で、第2位にランクされました。パリとピレネー山脈の麓のセレを結び付けたピカソ、シャガール、キスリング、スーティン、モディリアーニ、サベージたちは、ほとんどが外国出身者でユダヤ系も少なくありませんでした。

 おりしも時代は1914年から18年の4年間、ヨーロッパでは史上最多の死者を出した第1次世界大戦が起き、ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国、ロシア帝国の4つの帝国が崩壊し、戦禍と迫害を逃れた人々がパリに集まった時代でした。

 セレは多文化、多人種の芸術家に創造の場を与えたのはパリに集まった才能あふれる芸術家のための夏の受け入れ先の一つでした。マティスとドランという巨匠となったフランス人画家2人も、そこから20キロのコリウールで出会い、フォービスムの新しい美術運動が生まれています。

 結果的にセレやコリウールで過ごしたエコール・ド・パリの芸術家を愛するフランス人も多く、セレは彼らを身近に感じられる場所になっています。20世紀に大きな足跡を残した巨匠たちがインスピレーションを得たのは、喧噪なパリだけではなく、南仏の美しい自然だったことを理解できます。

 ピレネー山脈の麓、霊感溢れるバスク地方など、今でも自然の恵みはいっぱいです。イスラム勢力のフランス侵攻を防いだ山脈はヨーロッパ・キリスト教文明の砦だった歴史もあります。パリの殺風景な暗く、薄汚れたアパート内の背景の人物画の多いモディリアーニでさえ、南仏の風景を作品として残しています。

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