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 欧州連合(EU)のヨーロッパ議会は24日、サッカーW杯が開催されているカタールに対して人権状況を非難する決議を採択しました。理由はW杯開催に向けた関連施設整備の建設現場で働く外国人労働者が劣悪な労働環境で多数死亡し、人権が著しく侵害されたからだとしています。

 さらに国際サッカー連盟(FIFA)に対しても開催国選定のプロセスが不透明だと指摘し、「国際スポーツイベントは基本的人権が侵害されている国で開催すべきではない」と主張しました。

 これに先立ち、23日に行われた日独戦について、ドイツの敗因を伝えるドイツの公共放送ZDFが、FIFAにLGBTQ擁護の腕章をドイツチームのキャプテン、ノイアー選手が着けることをFIFAによって禁じられたため、選手らが落ち込んでいたことが敗因の1つと大真面目に指摘しました。

 同報道では、スタジアムで観戦していたドイツのフェーザー内相が抗議の腕章を着けていたのが唯一の救いだったとまで報じ、人権へのこだわりを示し、まるで負けるはずのない日本にドイツが敗北したのは、カタールとFIFAのせいと言わんばかりの見苦しい報道でした。

 日本のメディアの中には「自分の主張をきっちり行うヨーロッパは立派」という評価の声も聞こえますが、実はEUの決議を含め、背後には複雑な事情もある話です。

 西側のカタール批判の要点は3点で、主に南アジア諸国出身のW杯の建設現場で働く外国人労働者が酷使され、死者まで出ていること、LGBTQや女性蔑視、3つ目は大規模インフラ整備工事や巨大会場の冷房で大量の化石燃料が使われ、温暖化対策に逆行しているとの批判です。

 さらにEU議会が主張するように、そもそもカタール開催が決定された時のプロセスが不透明で、巨額の金が動いた可能性が指摘されています。当時のプラッターFIFA会長は、今になって「カタールで開催すべきでなかった」と後悔を口にしています。

 ところが、イスラム圏である湾岸諸国での開催には、FIFA及び、最もFIFAに影響力のある欧州サッカー連盟(UEFA)には複雑な事情があるのも事実です。偽善とFIFA会長は喝破、欧州「カタール批判」の矛盾

 それは中東湾岸諸国が近年、ヨーロッパのクラブチームに巨額投資をくり返し、大スポンサーになっていることです。豊富な資金力で世界中からスター選手を集め、ヨーロッパのサッカーを活気づかせています。とくにロシアがウクライナに侵攻したことで、ロシアの富豪の投資が打ち切られる中、湾岸諸国の投資はさらに勢いづいています。

 フランスのクラブチーム、パリ・サンジェルマン(PSG)はカタール・スポーツ・インベストメントがオーナーになって以来、豊富な資金力に物を言わせ、ネイマール、メッシ、エムバペという世界トッププレーヤーを擁し、フランスのサッカーファンに恩恵をもたらしています。
 アラブ首長国連邦(UAE)のシェイク・マンスール氏は、欧州サッカー連盟(UEFA)クラブランキング1位であるイングランドのマンチェスター・シティのオーナーです。マンスール氏は現在、マンチェスター・シティのほか、アメリカのニューヨーク・シティ、オーストラリアのメルボルン・シティ、日本の横浜F・マリノスなどにも出資しています。

 サウジアラビアの政府系ファンドは昨年、イングランドのニューカッスル・ユナイテッドを買収し、シェフィールド・ユナイテッドもサウジの王子が所有しています。イラン人実業家のファルハド・モシリ氏は、2016年にエバートンの主要株主となっています。

 また、中東系のエミレーツ航空、エティハド航空、カタール航空はいずれも、ヨーロッパのサッカークラブと大型契約を結んでいるので、サッカーといえばこれらの航空会社が登場しています。

 化石燃料依存が地球温暖化で先細りな中、湾岸諸国は手元にある巨額の資金を元手に他のビジネスへの投資に積極的です。中でもヨーロッパのサッカービジネスの営業収益はわずか8年間で65%も増加したサッカービジネスへの投資は有望視されています。

 結果的に湾岸諸国は過去13年間にわたってヨーロッパのサッカーチームに多額の投資を行ってきたことでヨーロッパとの関係を深めました。イギリスの経済誌『エコノミスト』の2020年のレポートによると、湾岸諸国の今後10年間の観光開発における重要な手段として、サッカーを含むスポーツ投資が非常に有望と分析しているほどです。

 スポーツビジネスは収益だけでなく、国威発揚にも繋がります。湾岸諸国が所有するPSGやマンチェスター・シティが、スター選手とともにチーム練習で定期的に湾岸を訪れ、施設も充実し、地元を活気づけ、観光スポットとして世界的にも宣伝効果を上げています。

 つまり、湾岸諸国にとって、サッカービジネスは国際社会での評価を高め、国民を活気づける1大国家プロジェクトとなっているわけです。ところがそのマネーを受け取るヨーロッパ人の心は複雑です。1つは自分たちが見下してきたイスラム文明の支配への警戒感です。

 人権を口にするのも、イスラム圏によるヨーロッパ支配を嫌悪していることの表れです。肝心のヨーロッパは衰退に向かっており、クラブチームを維持する経済力もなく、ヨーロッパ域外の富裕層に買収されているのが実情です。

 ヨーロッパの批判は織り込み済みのカタールは、ある程度の改善をすることで評価を高め、国際社会で次のステップにのぼりたい強い意志を持っているのは確かです。

 しかし、ヨーロッパの中東批判にも矛盾はあります。イスラムの伝統を守るカタールでの大会で多様性軽視を批判していますが、足元の域内でイスラム教の価値観を批判し、差別しているからです。

 FIFAのインファンティーノ会長が大会開幕前日に想定外の長時間の演説の中で、ヨーロッパのイスラム世界に対する独善的態度と、過去の植民地支配で人と物の略奪行為を謝罪しようとしないヨーロッパの姿勢について「偽善」と言及したのは、湾岸諸国に安心感を与えているといえるでしょう。