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  今年1月に完成させたパステル画

 昨年12月、とうとうウクライナの国旗を買い込みました。昨年は静物の背景にウクライナ国旗の配色をするパステル画を何度か描き、私は実物しか描かないので国旗も購入するこにしました。昨年は脳裏からウクライナの悲劇が離れず、絵として描き留めておこうと思いました。

 スペインの画家、ミロが戦後残した作品には昆虫や花が舞っている絵が多いのですが、廃墟と化した戦場の崩れた石や土の間から植物が芽を出し、花を咲かせ、昆虫が元気よく活動を始める姿は自然の生命力の凄さが表現され、それは人間を力づけるものでした。そんな絵は到底描けませんが、ウクライナ紛争に触発された1年でした。

 最近、再度見たクリント・イーストウッド映画『15時17分、パリ行き』は、2015年8月21日にアムステルダム発パリ行きの高速列車タリスの車内で実際に起きたテロ事件えお映画化したもので、実際にテロに遭遇した3人が主演しました。自分も何度も乗った列車なので実感がひとしおで、新たな発見もありました。

 ハリウッド映画の世界で、クリント・イーストウッドほど偉大な足跡を残した人物はいないでしょう。俳優として成功し、監督として、あるいはプロデューサーとして多くの名画を残してきました。日本では映画「硫黄島」で渡辺謙が主演し、二宮和也が好演した名画です。しかも、イーストウッドは90歳を超えても現役です。

 興味深いのは、ハリウッドでは主流はリベラルでアンチ・トランプ、民主党支持者が大半なのにも関わらず、イーストウッドは保守派です。かなりキリスト教の価値観が濃厚なのにも関わらず、保守派にもリベラル派にも評価されています。重要な点はリベラル派が重視するヒューマニズムとキリスト教精神が合わさっていることです。

 たとえば、映画の中で学校のはみ出し生徒だった2人は、シングルマザーに育てられ、集団生活になじめず、何度も担任教師や校長に母親が呼ばれ、注意を受けていました。それも教師や校長は原因はシングルマザーにあり、父親不在でルールを守り集団適合するしつけができていないと指摘され、その指摘に憤慨する母親たちが息子を守り続ける姿が描かれています。

 アメリカではシングルマザーは珍しくない一方、その生きる困難さが丁寧に描かれています。古いキリスト教の慣習では離婚は禁止ですが、現実を直視し、シングルマザー差別の実態も、逆境に負けないで子供が夢をかなえるように育てる強い母親も描かれていることも好感を与えています。

 主人公のスペンサーは、兵士になって国を守り、弱い人、困っている人を助けたいと努力しますが、1流の兵士にはなれず、葛藤しています。そこも圧倒的に強いヒーローを描いていないところにヒューマニティがあります。ところがスペンサーはバカンスで3人の旧友とパリに向かう車中、テロリストに遭遇します。

 マシンガンを構えるテロリストの前で大半の乗客が逃げ出す中、子供の時から同級生として一緒に過ごした3人は、なんとか対応しようとします。中でもスペンサーは、銃を構えたテロリストに向かって死を覚悟して突進していきます。その様子には自分はなく、完全に無我状態に見えます。

 そしてテロリストは捕まり、銃撃された乗客もスペンサーの必死の介護(軍隊で訓練を受けていた)で一命をとりとめます。最後に降りたホームで流れるスペンサーの祈りは、いつも祈っているもので、イタリア・アッシジの聖フランチェスコの残した祈りでした。

 主よ、私を平和の道具にしてください
 苦しみのあるところに 愛をもたらし
 諍いのあるところに 赦しを
 疑いのあるところに 信仰を
 絶望のあるところに 希望を
 暗闇のあるところに 光を

 悲しみには喜びを

 与えることで与えられ
 許すことによって許され
 死ぬことによって永遠の命を得るのですから

 人のためになるなら、命を惜しまない精神が作品を貫いています。これはやれるようで平穏な日常の中ではやれないことですが、スペンサーは即座に実行しました。いつでも心の準備が出来ていたからでしょう。そんな人間になりたいものです。