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 私の身近な人で、とても外見を気にし、人が自分や自分の家族をどう見ているかを異常なまでに気にし、虚勢を張ることで有名だった人がいます。彼女はお中元やお歳暮などに神経質で、相手にどの程度のものを送るかもリストアップしており、お返しも卒なく行っていました。自分の子供がお年玉をいくら貰ったかもの報告させ、それで相手との関係も決めていました。

 私は、そんな姿を見て、贈答品の行き来の虚しさを感じ、早くこんな慣習なくなればと思った時期もありました。理由は心を感じないからでした。日本には義理と人情、本音と建て前という言葉がありますが、その背景には世間体という者が厳然として存在しました。日本で葬式の簡素化が止まらないのも世間体を気にしない人が増えたことも大きな要因と思われます。

 立派な葬式をしたから周囲の人間との関係が向上するわけでもなく、簡素な家族葬をしたら、人間関係が崩壊することもなくなりつつあります。原因は人の死について宗教的な意味を感じなくなったことで、丁寧に人を送る慣習そのものが消えつつあるともいえます。つまり、世代を超えて共有できる価値観そのものがなくなりつつあるのかもしれません。

 価値観が弱まれば優先順位を決めることも困難になり、結果的には劣化していくのが歴史の常です。幸福論も過去には物質的豊かさから得られる欲望を満たす快感が重視されていましたが、今では不便で物が乏しい田舎暮らしに満足感を得る人が増えています。その傾向はコロナ禍後、日本よりヨーロッパの方が顕著になりました。

 私は長年、日本を観察して思うことは、物事が主客転倒していったことが劣化の原因の1つと見ています。前出した女性の例は、本来、人間関係を結び、心の結びつきを強くする目的のための手段としての贈答が、その手段が目的化し、人間の結びつきから得られる喜びや満足感を忘れ、見栄という自己中心の道具と化してしまったことにあるといえそうです。

 贈答品のやりとりは人間関係構築の手段、心のコミュニケーションの手段の1つでしかないのに、目的を忘れ、手段が目的化すれば、なんの意味もありません。

 手段が目的化するパターンは日本社会には多く散見されます。その主客転倒が及ぼす悪影響は甚大で、時には目的を破壊してしまう事態に至ることもあります。贈答におけるお返し重視には、負債を帳消しにする効果もあります。物をもらってもお返ししないと負債になり、人間関係のバランスが崩れるという懸念です。

 私は、あらゆることで主客転倒を警戒すべきと考えています。私は日本人に貧しさが残っているとすれば、この損得勘定が人間関係を支配していることだと思います。お返しにこだわるのは、裏を返せばお返しをしなかった相手に対して自分が不快感を持つという理由も考えられ、そこにあるのは心の関係ではなく、損得勘定です。

 主客転倒を防ぐ第1は、目標設定を明確にすることから始まります。様々な情勢変化にも柔軟に対応し、手段に支配されない強靭さが必要です。贈答は人間関係を深める道具の1つでしかないように、手段はいくつあってもいいわけですが、目的は変えるべきものではないということです。

 手段が目的化する原因の一つは、間違った完ぺき主義です。なんでも卒なく完璧でありたいという日本人の性格は、手段を目的化する大きな原因です。完璧にするために現実にのめり込み、いつしか目的を忘れるパターンは多く散見されます。

 IT,、AI、EV化時代など、新しいテクノロジーがわれわれの生活を大きく変えようとしていますが、すべては手段であって目的にはなりません。アリストテレスは「いつか手段でしかない貨幣が目的化し、人間を支配する時が来る」と予言しましたが、今、まさにそんな時代といえそうです。