英BBCのパラブ・ゴーシュ科学担当編集委員は、今や「この宇宙のどこかに生命体がいるのだろうか」ではなく「我々はいつ、生命体を見つけられるのか」に関心が移っていると指摘しました。ほかの惑星に実際に確認に行く以前に、高度な最新鋭の宇宙望遠鏡が生命体の発見に貢献する時代も到来しています。
宇宙外生命体の存在は、人類史にとって科学的には大発見ですが、それが仮に人間と同等以上の生命体となれば、宗教的世界観を根底から書き換えなければならない大事件です。なぜなら、例えば、世界で最も信者の数の多い、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の1神教は神による被造世界の創造を根拠にしているからです。
一神教が共有する神は聖書の創成期に書かれている天地を創造した神であり、今でも篤実なキリスト教徒はダーウィンの進化論を信じておらず、アメリカでは州により学校で進化論を教えることは禁じられています。宗教と世界観が結びつかない日本では関係のない話のようですが、1神教の世界では大問題です。
神が自然のすべてを創造し、最後に人間を創り、動植物を含む自然全てを人間のために与えたという創成期の物語によって、1神教の世界観は構築されました。無論、15世紀にコペルニクスが太陽系の発見につながる太陽を中心に地球を含む惑星が回転していることが指摘され、科学の進歩で多くの神話が否定されていきました。
一方、特にキリスト教の否定に余念のなかった共産主義勢力は、ダーウィンの進化論を前面に出し、人間はサルが進化したもので、土から生まれ土に帰るだけの物質という唯物思想で神の創造を否定し、その後の新旧の聖書につづられた歴史を否定するために唯物史観まで主張しました。
これが東西冷戦のイデオロギー対決の背景にあった世界観の対立で、当然ながら日本人にはピンとくる話ではありませんでした。だから地球生命体、特に人間より高度の生命体が発見されることに危機感はないかもしれませんが、たとえ単細胞の生命体が発見されても、聖書の記述にない存在として1神教にとっては脅威となるでしょう。
異星人は今はまだ、SFの想像の産物ですが、科学的実証が進めば、聖書の世界観を大きく揺るがすことになるのは間違いありません。結果的に約35億人にいるといわれる1神教の信者に動揺が走るかもしれません。
そもそも科学の登場は当初、宗教から敵視されていました。近代科学の祖といわれたガリレオやニュートンも宗教的、政治的、社会的弾圧を受け続け、苦労の絶えない人生でした。まことしやかに語られる神話は権力者によって利用され、神話の否定は反権力と見なされました。
しかし、地球外生命体の存在の発見は、過去のいかなる発見より衝撃的かもしれません。人間は地球以外に居場所を見つけられるかもしれません。それに西洋を敵視する中国共産党にとっては、地球外生命体の発見で、西洋文明を地に落とすまたとないチャンスと考えていることでしょう。

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